約 1,718,639 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6258.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「あれ、使い魔さん? それにミスタ・グラモンも……」 「……お前は……」 「おや、確か学院のメイドじゃないか。どうしてこんなところに?」 タルブの村に到着するや否や、『貴族の方がおいでなすった』と村長を始めとする村の主要人物がエレオノールたち一行を出迎えたのだが、そこでユーゼスとギーシュは見知った顔と出くわした。 最近は洗濯を免除されたので顔を合わせていないが、それ以前はよく朝に洗濯するために洗い場で一緒になった……。 (……名前は、何だったか) 確かいつかどこかで名前を聞いたような気はするのだが、特に名前を呼び合う必要も、そもそも会話する必要すらなかったので忘れてしまった。 仮に他の人物との会話でこのメイドの話題が出たとしても『あの黒髪のメイド』で済んでしまうので、覚えようとする意欲そのものが湧かなかったのである。 しかし村娘の格好をしている今のこの少女を、『メイド』呼ばわりするのは問題があるような……。 「シエスタ、この方たちを知っているのかね?」 「はい。わたしが勤めている魔法学院の生徒の方と、別の生徒の方の使い魔で平民の人と……」 言いよどむメイドだった村娘―――シエスタ。タイミングよく村長が娘の名前を呼んでくれて、助かった。 「えっと……申し訳ありませんが、そちらの方は?」 なぜかシエスタはユーゼスに質問してくる。 ……貴族に直接質問するよりは、その従者のような立場の自分に質問した方が良いと判断したのだろう。 特にギーシュはシエスタと一悶着あったし、エレオノールに至っては完全に初対面、しかも高圧的な空気を撒き散らしていて容易には近寄りがたい。 なるほどな、と感心しつつもユーゼスはその質問に答えた。 「私の御主人様の姉君にあたる方だ。エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール……で良かったか?」 人物紹介を疑問系で締めくくるユーゼス。 「そうだけど……何でわざわざ確認なんか取るのよ?」 「お前の名前は長いからな、間違って覚えている可能性も少なくない」 「……ああ、そう。短い名前の人間はそんな心配をする必要がなくて便利よねぇ、ユーゼス・ゴッツォ?」 「全くだな、ミス・ヴァリエール」 また始まったよ、とばかりに横にいたギーシュは溜息を吐く。 道中、この二人の会話はいつもこんな感じなのである。 そして『こんな感じの会話』に上手く入れない自分としては、とても居心地が悪かった。 まあ、そんな道中もここで終わりのはずなのだが。 「……………」 タルブ村の面々は、驚いていた。 ヴァリエールと言えば、確か広大な領地を所有しているトリステインでも屈指の名門貴族のはずだ。そのくらいはこんな田舎の村でも知れ渡っている。 ……しかし、そのヴァリエールの人間と対等に会話をするこの銀髪の男は、一体何者なのだろうか? シエスタの話によれば『使い魔の平民』だそうだが、こうまで貴族と対等に話す平民など、今まで見たことがない。 いや、そもそも『使い魔』が『平民』? 何だかよく分からないが、とにかく凄い人物なのかも……と、本人が聞いたら間違いなく良い顔はしないだろう評価をユーゼスは受けていた。 「……………」 一方、ある程度はユーゼスを知っているシエスタも驚いていた。 自分が持っているユーゼスのイメージと言えば、無口・無愛想・無表情の三拍子に、桃髪のミス・ヴァリエールの世話を色々としていて、よく知らないけど頭が良いらしい人。 そんな感じの人のはずだったのに、少なくとも他人とここまで軽妙……と言うほどでもないが、とにかくスムーズに会話をするとは、びっくりだ。 『アンリエッタ姫の結婚式も近いので休暇をとって良い』と魔法学院から帰郷の許可をもらったのが数日前のこと。 その更に数日前あたりから姿が見えなかったが、それから今までに何かあったのだろうか? もしやこの金髪の女性と……いやいや、いくら何でもそんなことは……。 そんな感じでタルブの村人たちが揃って首をひねったり驚いたり妄想に花を咲かせたりしていると、エレオノールが一歩前に出て村長に申し出る。 「前置きも歓迎も必要ないわ。……早速だけど、この村にあるという『銀の方舟』を見せていただけないかしら?」 「は? ……まあ、構いませんが……んん?」 言われた通りに村の秘宝がある場所へと案内しようとする村長だったが、何かに気付いたようにエレオノールの顔をジッと見つめ始める。 「……いきなり貴族の顔をジロジロと見て、何?」 「あ、これは失礼を。……申し訳ありませんが、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」 「言ってみなさい」 失礼な平民ね、と言わんばかりの態度を取りつつ、エレオノールは村長の質問を聞く。 「血縁の方が、33年ほど前にこのタルブにお越しになったことはございませんか?」 「33年前? ……生まれてないから分からないけど……どうしてそんなことを聞くの?」 村長は昔を懐かしむようにして語り始める。 「その頃、村にやって来た貴族のご一行様の中に、あなた様と目元がよく似た女性の方がおられたもので……。髪の色は違うのですが。しかし、あの方々と同じく『銀の方舟』が目的とは、これはまた……」 「……待ちなさい。その一行とやらは『銀の方舟』を持って行かなかったの?」 自分に似ているとかいう女性はともかく、その一行が『銀の方舟』を持って行かなかったという点が引っ掛かる。それはつまり『持って行く価値がなかった』ということだ。 ……見たところ凶暴な怪物や幻獣が近くにいる様子もないし、本格的にハズレか……などと思い始めていると、 「はい。動かすことは出来たのですが、その動かした……黒い帽子に白い楽器を背負った男の方が、『自前の移動手段があるから、別にいい』と言いまして」 「?」 少し聞いただけでは、理解のしにくい話だった。 ともかく、いつまでも村の入り口で立ち話も何なので、目当ての『銀の方舟』に向かうことにする。 (……まさか……) 『銀の方舟』に向かって歩いている途中、ユーゼスは嫌な予感を感じていた。 ……なぜなら、彼には“『銀の方舟』を動かすことが出来る”、“黒い帽子に白い楽器を背負った男”に心当たりがかなりあったのである。 『銀の方舟』が安置されている倉庫……いや、『銀の方舟』が先にあってそれを囲むように倉庫が作られていると言った方が正しいだろう。 そこにあったのは、ユーゼスの予想通りのものであった。 しかも宇宙用である。 「へえ、鉄をここまで見事に加工するとは……」 「……いえ、これは鉄ではないわね。もっと別の金属よ」 その装甲に使われている技術だけでも、土メイジのギーシュとアカデミーの研究員であるエレオノールは興味を惹かれる。 だが、最もこれを興味深そうに観察するであろうユーゼスが一言も発していないことに気付き、彼の方に視線を向けると、 「「?」」 そこに、珍しい物を見た。 ユーゼスが感慨深げに『銀の方舟』を眺めていたのである。 この旅では随分とユーゼスの違った一面が見られるなぁ、と思いながらもギーシュはユーゼスに話しかけた。 「もしかしてこれを知ってるのかい、ユーゼス?」 「……取りあえずはな」 言って、ユーゼスはあらためてその銀と赤の戦闘機を眺める。 ―――胸によぎるのは、かつての記憶。 忘れもしない。 アレの同型機に自分が作った大気浄化弾を運搬させて……。 (コンバットスーツに付属している高性能探知機と同じ物を、ウルトラホーク2号に組み込んだこともあったか……) そんな作業もやった覚えがある。 ……懐かしさと苦い記憶のフラッシュバックが混在する、何とも妙な気分だった。 「「……?」」 そんなユーゼスを見て、怪訝な顔をするエレオノールとギーシュ。 しかし、ずっとそうしているわけにもいかないので、『銀の方舟』の検分を再開する。 「……でも、これが飛ぶってのはいくら何でもあり得ないでしょう」 「そうですね、こんな金属のカタマリが飛ぶわけはないです。この翼だって羽ばたくようには出来てませんし、後ろに付いてる……何だこりゃ? とにかく変な銀色の物にだって、これを飛ばせることは出来ないでしょう」 「使われてる金属は、研究する価値がありそうだけど……」 何しろこの中型のドラゴンほどもある大きさでは、運ぶのも一苦労だ。 やっぱりハズレか、と辟易する貴族二人だったが、そこに村長が声をかける。 「いえ、これは飛んだことがあるんですよ」 「え?」 「はぁ?」 にわかには信じられない言葉だったが、村長は話を続けた。 「先ほど言った、ご一行の『黒い帽子の方』がこの『銀の箱舟』の中に入り込んで、中の……私たちにはよく分からんのですが……出っ張りや光るガラスをチョチョイといじったら、動き出しまして」 「……本当?」 「本当ですよ! 実際に見た本人が言うんですから、間違いありません! で、その方が言うには『ネンリョウがほとんどゼロで、セイビも必要だ』ってことでして」 その言葉に反応したのは、ユーゼスである。 「待て、その状態でどうやって動かすことが出来た?」 「はあ、最初にこれに乗ってどこかから飛んで来たって言ってたタケオ爺さんと話をして、『銀の方舟』の中に入ってた『コウグバコ』って箱から鉄の棒みたいなのを取り出して、二日か三日くらいかけて色々やっておりました。 ……それと確か『ジェットネンリョウ』とかいうのを、貴族の女性の方のツテで呼びつけた土メイジの方に『錬金』で作ってもらってましたね」 「…………なるほど」 『俺は整備の腕もニッポンイチだ』とか言ってました、と言う村長の話を聞き流しつつ、ユーゼスは思案する。 「……気になる点がある。これの本来の持ち主と『黒い帽子の男』とやらは会話をしたのか?」 「したはずですが」 「その内容は?」 「……う~~ん……、何せ33年も前の話ですからねぇ……。 ……あ、そうだ、『俺は戻るつもりだが、アンタはどうする』とか『年を取りすぎたし、家族も出来たから自分は行けない』とか言ってたような……」 「ふむ」 取りあえず納得はいった。 (しかし、あの男はどこにでも現れるな……) 鞭を取り出して、それを見つめる。 もう、本当に『イレギュラー』としか形容する言葉が見当たらない。 あの男が今、自分と同じ時間軸に存在していないことは、果たして良いことなのか悪いことなのか……。 「……ちょっとユーゼス、一人で納得してるところ悪いんだけど」 「む?」 少し不機嫌そうな(と言うか、ほとんどの場合において不機嫌そうなのだが)エレオノールが、ユーゼスに話しかける。 「結論だけ言いなさい。これは飛べるの?」 「飛べるぞ。……私の予想通りの人間が整備して、燃料までチェックしたのならば、確実にな」 「はあ……」 ユーゼスがそこまで言うのならば、本当に飛べるのだろうが……。しかし、どうやって飛ぶと言うのだろう。 それを質問してみると、 「まず機体の下部からジェット……高出力の炎が噴き出して、宙に浮く。次に後部の噴射口からまた高出力の炎を噴射させて、前進した後は翼で揚力などを得て、という感じだな」 「?」 そう言われたが、どうにもイメージが掴みにくい。 「……実際にやった方が早いか。村長、これを飛行させて構わないか?」 「そりゃあ、飛ばせるものなら……ああ、そうだ、忘れておりました」 いきなり何かを思い出すと、村長は『少々お待ちください』と言ってどこかへと走っていく。 そして15分ほど経過した頃、息を切らしながらボロボロの本を持って戻ってきた。 「ハア、ハア……。こ、これです。ここに書いてある文字なんですが、読めるでしょうか?」 表紙に書かれた文字を指差す村長。 ……長い年月を経たせいか、その文字は随分とかすれていたが、それでも何とか読むことは出来た。 「『ジェットビートル操作マニュアル』、だな」 「では、これは」 続いて村長は、その下に手書きで書き込まれている文字を指差す。 「……『国際科学警察機構 科学特別捜査隊 日本支部隊員 ササキ タケオ』」 なお、『科学特別捜査隊』は通称『科学特捜隊』、あるいは更に縮めて『科特隊』とも呼ばれていた。 (…………しかし、本当にジェットビートルとはな) 「おお、読めますか! ……いえね、『少なくともこの文字を読める人間でなくては、これを渡してはならん』とタケオ爺さんからキツく言われてたもので……」 「そうだろうな」 内心は少々複雑であったが、その科特隊隊員の心情は理解が出来た。 ……自分の乗機を渡すのなら、せめて自分の世界の人間に渡したかったのだろう。 「では、これを。よく分かりませんが、動かすためには必要な物だそうで」 そうしてマニュアルを差し出される。 ジェットビートルが『兵器』である以上、ガンダールヴの効果が発揮されるのでわざわざマニュアルを読む必要などはないが、あるのならば貰っておいて損はない。 ユーゼスはマニュアルを受け取り『危険だから下がっていろ』と言うと、搭乗口に立てかけてあるハシゴに向かっていく。 ……しかし、33年前に来たという『あの男』ならば、ガンダールヴのルーンや操作マニュアルなど無くとも自由自在にこれを動かすであろう様子が簡単に想像出来て、少し憂鬱だった。 「……………」 中に乗り込み、操縦席へと向かう。 ……まさか、自分がこの席に座るとは思わなかった。 それでは取りあえず倉庫からこれを出して、それなりに広い場所に出た後、周囲に人がいないことを確認して――― 「ん?」 そこまで考えたところで、前方に妙な物があることに気付いた。 空中に浮かんでいる……いや、風防に貼り付けてあるそれは……。 「あら? 母さまが持ってるのと同じじゃない、それ」 「む?」 いきなり横から響いてきた女性の声に振り向くと、そこにはエレオノールがいた。更に後ろを見れば、ギーシュも乗り込んでいる。 「お前たちも乗ったのか」 「当然でしょう。この『銀の方舟』が、どのくらいの速度でどんな飛び方をするのかは知らないけど、『そのまま飛んで行って戻って来ませんでした』なんてことになったらルイズに合わせる顔がないわ」 「それで置き去りにされても困るし……」 どうやら自分の逃亡を警戒しているようだ。……当然か。 「それは分かったが……『このカードに見覚えがある』とは、どういうことだ?」 ユーゼスは風防に貼られていたカードを剥がして、エレオノールに見せる。 ……白地に赤く、『Z』を模したデザインのマーク。 こんなものを持っている人間は、数多の並行世界広しと言えどあの男しかいない。 いや、このハルケギニアでも色々と活躍したらしいから、持っている人間がいても不思議ではないのか。 「子供の頃、母さまが大事そうに持ってるのを見た覚えがあるのよ。『それは何ですか』って聞いても、『昔の知人から貰いました』としか言ってくれなかったんだけど」 「ふむ」 そう言えば、ルイズの母……つまりエレオノールの母は、昔に『あの男』と行動を共にしていたとオールド・オスマンが言っていた。 ならばこのカードと同じ物を持っていても、それほどおかしくはない。 「よく分からない文字が書いてあるけど、何て書いてあるの?」 「『整備完了 燃料満タン』だそうだ」 「セイビ……ネンリョーマンタン? どういう意味?」 「後で説明する。しかし、到着から約60年も経過していると言うのに、随分と状態が良いな」 これならば、ほとんど現役で通用するほどだ。 「わざわざお金を払って土メイジを呼んで『固定化』をかけてもらったらしいわ。さすがにこの大きさだから、金額はかなりかかったらしいけど」 「……つくづく便利な物だな、魔法とは」 呆れたものか感心したものか、判断に困る。 まあ、とにかく発進させよう。 ルーンを通して流れてくる『発進・操縦方法』に従い、パチンパチンとスイッチを入れて計器をチェックする。 するとエンジンが起動して、『銀の方舟』―――ジェットビートルに低い音と振動が響き始めた。 ジェットビートルの後部ブースターに軽く火がともり、ゆっくりと機体の底に付けられた車輪が前進を始める。 「ホ、ホントに動いた!?」 「どういうマジックアイテムなの、これは!?」 驚くギーシュとエレオノール。 見れば、周囲にいた人間たちもワーワーと騒いでいる。 (……完全にオーバーテクノロジーだからな。無理もないか) しかし、エレオノールに『これはマジックアイテムではない』ということを説明するのには、かなり苦労しそうである。 何せ、エンジンの仕組みや燃料の役割、航空力学まで交えて説明をしなければならないだろうから。 そのままジェットビートルを広い平原まで移動させる。 この機体は通常の航空機とは違って発進のために滑走路を必要としないので、ある程度のスペースがあれば飛行は可能なのだ。 と、ユーゼスはそこで重要なことに思い当たった。 「……これを飛行させるのは許可を得たが、そのままいただいてしまって構わないのか?」 一応、これはタルブ村の物のはずである。 操縦が出来るからと言って、勝手に貰っていく……というのは、さすがにどうだろうか。 だが、それにエレオノールは素っ気なく答えた。 「別に構わないそうよ。無駄に大きいし、管理も面倒だし、飛ばそうにも動かせる人がいないしで、今じゃ村のお荷物だとか」 (まさに宝の持ち腐れ……いや、オーパーツなど、そんな物かも知れないな) どれだけ優れた技術の結晶も、価値が理解されなければガラクタとそれほど変わらない。 内心でわずかに苦笑しつつ、ユーゼスは飛行の手順を進めた。 「む?」 そこで、エレオノールとギーシュが『操縦席の中で直立している』ことに気付く。 いくら何でも、これは危険だろう。 「……座席に腰掛けて、固定用のベルトを締めろ。発進時の衝撃はそれなりにあるはずだ」 「べると?」 「椅子に付属している、金具付きの帯のことだ」 ギーシュはよく分かっていない様子だったが、それでも素直に座席に座ってガチャガチャとベルトを装着し始める。やはり取り付けるのには若干苦労していたが、そこは横から自分が口を出すことでどうにかなった。 ……だが、エレオノールはベルトどころか座席に向かうことすらしていない。ユーゼスのすぐ横で、その手元をじっと見ている。 「『座れ』と言ったはずだが?」 「座ったりなんかしたら、あなたが何をやっているのか見えにくくなるでしょう」 「……御主人様と接している時もたまに思うが、お前たちはなぜこうも意固地と言うか、頑固と言うか、意地の張り所を間違えていると言うか、融通が利かないと言うか……」 「フン、あなたは黙ってこれを動かしてなさい」 「了解」 取りあえず皮肉のようなことを言ってみたが、効果は無いらしい。 そして姉にしろ妹にしろ、一度こうなったヴァリエールの女を口で言い負かすのは不可能である、とユーゼスは経験として知っていた。 なので、黙って従うことにする。 「どうなっても知らんぞ」 「いいから、早く飛ばしなさい。……それとも、やっぱり『動く』だけで『飛ぶ』ことは出来ないの?」 「今、飛ばせる」 ……そこまで言うのであれば、もうこちらからは何も言うまい。 ユーゼスは機体の底に付いている3基のブースターを起動させ、ジェットビートルを垂直上昇させる。 「う、う、浮いたぁ~~!!?」 「こ、こんなのが宙に浮くなんて、どういうこと!!?」 ある程度の高度まで上昇し、目的地を定める。着陸用の車輪を収納することも忘れてはいけない。 「行き先は魔法学院で構わないか?」 「え? ……えーと、そうね、あなたたちもそろそろ戻らないといけないでしょうから、そこで構わないわよ?」 「うむ」 10日も留守にしていたのだから、そろそろ戻らねばなるまい。 後部ブースターを操作し、ゆっくりと大きくカーブを描いて方向転換を行う。 「ま、ま、ま、回ったぁぁあ~~!!? そして動いたぁぁあああ~~~!!?」 「……いちいち驚くな」 オーバーリアクションを繰り出してくるギーシュに、一言だけ釘を刺す。 ちなみにエレオノールは自分の手元を見ながら色々と考えているようだった。 「では、行くぞ」 最後に後部ブースターに本格的に出力を回し、次の瞬間、 「っ!」 「うおっっ!!??」 「きゃあああああああ!!!??」 爆音と共に、猛スピードで前進するジェットビートル。 当然、反動でコックピットの中は大きく揺れた。 何しろ『揺れる』ことをあらかじめ知っていたユーゼスですら多少ひるんだのだから、予備知識のないギーシュなどは仰天しっぱなしである。 そして、ベルトをつけずに座席に座りすらしなかったエレオノールはと言うと。 「ぐっ……」 「ぅ、ぅうう~……」 大きく揺れたコックピットの中でバランスを保てず、何かつかむ物はないかと手を動かした、その結果。 「……私を掴むな、ミス・ヴァリエール」 「し、仕方がないでしょうっ!!」 動かした手はユーゼスの肩を捉え、更にユーゼスの方に倒れ込み、傍から見れば『ユーゼスの膝の上にエレオノールが乗っている』という形になってしまった。 「とにかく、早くどけ」 「それが出来たら、そうしてるわよ!」 大抵の男にとっては憧れのシチュエーションでも、ユーゼスにしてみればハッキリ言って操縦の邪魔でしかない。 エレオノールにしても、普段であれば即座にユーゼスの膝の上から脱出しているのだが、今回は脱出が出来ない理由が存在していた。 「……立って動いたりしたら、転ぶでしょう」 このジェットビートルを『動かすことが出来る』とは言え、これがユーゼスにとって『初めての操縦』である以上はやはり振動は多く、また多少のグラつきがある。 貴族が無様に転ぶ姿などをさらす訳にはいかない以上、エレオノールとしてはユーゼスにしがみ付かざるを得ないのだ。 「く、屈辱だわ……」 「だから『座ってベルトを締めろ』と言ったのだ」 「何よ!」 相変わらず頭に来る喋り方をする……と、エレオノールは文句を言おうとユーゼスの方を見て、反射的に顔を近付ける。 そして、ふと気付くと。 「…………!!」 目の前、数サントに、ユーゼスの顔が、至近距離で。 「っ!」 エレオノールは思わず顔をそむけた。 ……動悸が激しかったり、顔が妙に熱かったりするのは、初めてこの凄い乗り物に乗ったせいだ。そのはずだ。そうに決まっている―――と自分に言い聞かせる。 そんなエレオノールの内心の動揺などはつゆ知らず、ユーゼスはどうしてか顔が紅潮している彼女を見て、思わず心の呟きを口に出す。 「なぜ顔をそらす?」 「うるさいわねっ、この馬鹿!!」 「?」 ……ポツリと疑問を言っただけなのに、なぜ自分が馬鹿呼ばわりされなければならないのだろう。 首を傾げるユーゼスと相変わらず赤面するエレオノールだったが、そんな彼らに構わずジェットビートルは猛スピードで進んでいく。 なお、余談ではあるが。 この日、この瞬間において、ギーシュ・ド・グラモンはユーゼス・ゴッツォに対して初めて『馬鹿かコイツ』という感想を抱いたのであった。 ルイズは落ち込んでいた。 自分の使い魔が、長姉とギーシュと一緒に出かけてから、早10日。 その間、一切の音沙汰はなく、どこにいるのかすら分からない。 『宝探しに行った』ということくらいは知っているが、どこにどのような宝を探しに行ったのか、全く知らない。 「……そう言えば、わたしがアイツについて知ってることって、どのくらいあったっけ……」 まず、どこか『遠く』から自分が召喚したこと。 ハルケギニアの常識に疎いこと。 何かを研究してたらしいこと。 頭がいいこと。 あんまり強くなくて、体力もないこと。 乗馬が下手なこと。 あと、ゲートの感知が出来ること。 「それと…………あれ?」 他に『自分が知っているユーゼスについての情報』は、何があっただろうか。 「…………ない」 いや、よくよく思い返してみれば、もっともっとあるはずなのだが、パッと思い付くのはそのくらいしかなかった。 「わたし、アイツのこと何にも知らない……」 ユーゼスはルイズに対してほとんど自分の情報を明かしていなかったので、これはある意味では仕方がないことなのだが、ルイズにとっては『仕方がない』で済ませられることではない。 いっそのこと、自分も『宝探し』に付いて行けばよかったかしら……などと思っても、後の祭りである。 「詔(ミコトノリ)だって、あんまり進んでないし……」 アンリエッタの結婚式まで、もう1週間ほどしかない。 本来ならば、一心不乱に敬愛する姫さまのために詔を考えなくてはならないのである。 しかしふと部屋を見回してみると、部屋の隅には空っぽの藁束が。 「うぅ……」 それを目にしてしまうと、どうにもこうにも寂しさがこみ上げてきて、とても詔どころではなくなってしまうのだ。 「さみしい……」 向かいの部屋のキュルケは相変わらずちょっかいをかけてくるし、授業に出れば同学年の生徒たちだってたくさんいるのだが、それだけではこのさみしさは埋まらない。 「どこ行ったのよぉ……」 ルイズは、もう何度目になるのか分からない呟きと溜息を漏らす。 ―――その瞬間、魔法学院に轟音が走った。 「ひゃあっ!!?」 思わず驚きの声を上げるルイズ。 轟音はゴゴゴゴゴ、とけたたましく学院中に響き渡っており、その影響で学院全体が小刻みに揺れていた。 「な、なにごと!?」 音が聞こえた方向からすると、中庭あたりで何かがあったようだ。 しかし、爆発……にしては音が長続きしすぎているし、何かが燃えている……にしては音が大きすぎる。 一体何なのかしらと警戒していると、やがて轟音はピタリと止まった。 「?」 ワケが分からない。 好奇心旺盛な生徒が、いち早く中庭の方に様子を見に行ったようだが……。 「……まあ、危険なものならもっと大騒ぎになってるだろうし……」 悲鳴や絶叫が聞こえてこないということは、誰それが怪我をしたとか、ナントカが暴れているとか言うことではあるまい。 「って、何だかユーゼスみたいな考え方ね……」 そんなことを考えていると、外から声が聞こえてきた。 「おい、中庭に大きな鉄のカタマリが落ちて来たんだって!?」 「いや、落ちて来たんじゃなくて、飛んで来たんだ!」 別に何が落ちて来ようと、飛んで来ようと、地面から出て来ようと、ルイズには関係が――― 「中から人が出て来たぞ!」 「おい、アレはギーシュと……ルイズの使い魔じゃないか!? それに誰だ、あの金髪の人!?」 「……はぁ!!? 何ですってぇ!!!?」 ―――関係が、大アリである。 「……中庭に着陸させたのは失敗だったな」 ジェットビートルの周囲にワラワラと集まってきた野次馬たちをジェットビートルのコックピットから眺めながら、ユーゼスは溜息を吐いた。 どこか適当な場所に着陸させようと思い、中庭が良い感じに開けていたのでそこに着陸させたのだが……。 「これでは、落ち着いて点検も整備も出来ん」 後で学院の敷地外に移動させるか、などと思いながら、取りあえず同乗者たちに到着したことを伝える。 「魔法学院に着いたぞ。……どうした、酔ったか?」 しかし相変わらず膝の上に乗りっぱなしのエレオノールも、振動しながら猛スピードで進むことが怖かったのか座席の端を握り締めているギーシュも、どこか唖然と言うか呆然としていた。 ちなみに操縦者が酔うと笑い話にもならないので、ユーゼスは因果律を操作して自分の酔いをキャンセルし続けていた。 それはともかく、エレオノールやギーシュの呟きに耳を傾けてみる。 「タ、タルブから、1時間かからずに……」 「……どうなってるんだ……」 「何だ、そのことか」 ジェットビートルの最高速度は、マッハ2.2。時速に換算すれば毎時約2700キロメートルほど。 実際には最高速度に達するまでに加速距離が必要だし、停止するためにもある程度の距離が必要なのだから、単純にずっとマッハ2.2ではないのだが……。 ともかく面積の狭いトリステイン程度ならば、たとえ一周しても1時間半とかかるまい。正確な数字は、やってみないと分からないが。 「取りあえず降りるぞ、二人とも」 「え? ……あ、ああ、そうね」 「う、うむ」 タラップなどという気の利いた物はなかったので、吊りハシゴを使って降りるユーゼス。なお、メイジ二人は『レビテーション』を使って降りた。 (オールド・オスマンに説明をして、置いてもらえるように許可を取らなければならないか) 相変わらず心ここにあらずなエレオノールや、野次馬たちに質問されまくっているギーシュはひとまず放っておいて、これからの行動を考える。 ではすぐに学院長室へ、と思ってそちらに足を向けると、遠くからそのオールド・オスマンが驚いた様子で小走りに駆けてきた。 (騒ぎを聞きつけてきたか) これは都合が良い、とユーゼスはオスマンの到着を待つ。 そしてやって来たオスマンは開口一番、 「……やっぱり君か」 「む?」 何だか納得したような、呆れたような口調であった。 更に小声でヒソヒソと喋り始める。 「『銀の方舟』……ケンと同じ世界から来た君ならばあるいは……とは思っていたが」 「そう言えば早川健と行動を共にしたのだったな、お前は」 実際に乗り回した人間と一緒にいたのならば、『銀の方舟』についての知識がある理由も説明がつく。 「しかし、まさか何も情報を与えていないのに自分で乗って来るとはの」 「いや、情報源は別にある」 チラリとエレオノールに目をやるユーゼス。 彼女はこの飛行機械についてうんうん唸りながら考え込んでいるようだったが、そんな彼女を見てオスマンは狼狽し始めた。 「ミ、ミス・ヴァリエールの姉君!? ちょ、ちょっとゴッツォ君、どういうことかね!? アカデミーの人間には気を付けろと、あれほど言ったではないか!!」 「どういうことも何も、それを言われる前から交流があったのでな」 「じゃあ、何でそれをあの時に私に言わなかったんじゃ!?」 「言う必要性を感じなかっただけだ」 ああもう、このトウヘンボクめ……と、頭を抱えるオスマン。 いつまでもこんな老人に構っている暇もないので、精神年齢だけを見れば立派な老人のはずの銀髪の男はこれからのことを考える。 …………ついでに、何だか物凄い形相をしながら自分に向かって全速力で走ってくる、桃髪の少女への対処も考えなくてはならないのだが、それは差し当たって置いておく。 まずはビートルを学院の外に出す。 宇宙用のブースターは、必要ないから取り外さねばなるまい。 いや、その作業をするには自分一人だけでは手が足りないか。ギーシュあたりに補助を頼むにしても、やはり専門的な知識を持つ人間は欲しい。 しかし工学系に強い人間となると、ハルケギニアには……。 「……やむを得んか」 『あの人物』に協力を頼むのは正直気が引けるし、危険でもあるのだが……この際だ、仕方あるまい。 それに『あの人物』とは、落ち着いて話をしたいとも思っていた。 ユーゼスは一度だけ溜息をつき、心に浮かんだ『あの人物』を呼ぶ決心をする。 そして――― ―――興味深げに自分とジェットビートルに視線を向けてくる禿げた頭の中年教師を無視して、懐にある『あの人物』から受け取ったエーテル通信機の存在を確認する。 問題なく通じるだろうな……などと思いながらも、ひとまずユーゼスは走ってくる御主人様の対処に回るのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/gamemusicbest100/pages/4575.html
携帯電獣テレファング パワー・スピード 機種:GBC 作曲者:水谷郁、山下絹代、水谷寿子 開発元:ナツメ 発売元:スマイルソフト 発売年:2000 概要 コミックボンボンで連載されていたモンスター育成RPG。いわゆるポケモンタイプのゲーム。 開発はナツメが行っており、メダロットシリーズを手掛けたサウンド陣が音楽を制作している。 そのため全体的にBGMの質は高く、特に戦闘曲が熱い。 2002年にゲームボーイアドバンスで続編『携帯電獣テレファング2』が発売された。 収録曲(仮タイトル) 曲名 作・編曲者 補足 順位 タイトル Dショットメニュー 電獣入手画面 フィールド 室内 家の中 ショップ 戦闘準備画面 野生電獣戦 通常戦闘 カリネラの演説 洞窟 トロンコ村水源など ボス戦 パーム海 カイとの出会い カイとの会話イベント バーランの砂漠 イオン島 クラフト研究所 ディメンザの屋敷などでも使用 サナエバとの出会い サナエバとの会話イベント Tファンガー戦 ペペリ山 カクトス遺跡 神電獣との出会い 神電獣との会話イベント ブリオン遺跡 ラストダンジョン 魔神電獣との出会い ラスボスとの会話イベント ドゥームズデイ戦 ラストバトル エンディング スタッフロール
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6988.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ラ・ヴァリエール家の面々は、今日も一家揃って朝食を取っていた。 「……………」「……………」「……………」「……………」「……………」 日当たりのよいバルコニーで食べていると言うのに、誰も言葉を発さず、その空気は重い。 ちなみに先日までは食事の場に使用人たちと並んでユーゼス・ゴッツォが控えていたのだが、彼はルイズとエレオノール、そしてカトレアを起こした後、『これ以上体力を使う余裕がない』という理由でダウンしたために姿を見せていなかった。 (まったく、最近の若い者はこれだから……) そんなことを考えつつ、黙々とナイフとフォークを動かすカリーヌ。 なお『肉体年齢』はともかく『実際に生きてきた年数』で言うならばカリーヌはユーゼスよりも年下であるのだが、当然カリーヌはそんなことを知る由もない。 「……………」「……………」「……………」「……………」「……………」 何にせよ、ラ・ヴァリエール家の無言の食卓は続く。 だがその食事の最中、おもむろにラ・ヴァリエール公爵が口を開いた。 「ん……あ、あー……ルイズ、少しいいかな?」 「……何でしょうか、父さま」 スッと冷めた視線を父に向けるルイズ。 公爵は末の娘からそんな目で見られたことに僅かにたじろぎつつも、探りを入れるようにして問いを投げかけた。 「……魔法学院では、どうなのかね?」 「どう……と言われましても」 ルイズが困ったような顔になる。 どうやら質問が抽象的すぎて、どう返答して良いものか分からないらしい。 「えぇと……その、アレだ。友人関係とか、誰か好きな男でも出来たり……とかな。……って、ルイズに恋人がいるわけないか! はははは!!」 自分の台詞を自分で否定するラ・ヴァリエール公爵。 ……ここ最近、書斎に篭りっぱなしだった彼は必死で『年頃の娘との接し方』や『こんな父親が嫌われる』などの本を探し、読みあさっていた。 それらの本によると『娘の態度がいきなり変わるのは、男の影響を受けた可能性が大きい』とあったのだ。 いや、まさか。 ウチの娘に限って、そんなことあるわけないじゃないか。 でもまあ、万が一ってこともあるし。 ……大丈夫だとは思うけど、一応カマをかけてみよう。どうせ空振りに終わるだろうけど。 と、そんなことを考えながら言った言葉だったのだが……。 「なっ……、べ、別に、恋人なんて……いませんわっ」 「え?」 予想外のリアクションが返って来てしまった。 「い……いるのかね、ルイズ?」 「い、いません。いないんです。全然、いないんだから」 本当にいないのなら、もっと冷静に、キッパリ断言するはずである。 「……そ、そうか……。いや、いつかはこんな日が来るのではないかと思っていたが……。ま、まあ、お前ももう年頃だしな……」 「だから違いますって!」 公爵は内心の焦りを押し止めながら、努めて冷静に聞き出しを始めた。 「そ、そそそ、それで……相手は……どこのどいつで、どんな奴なのかね? か、家名は? 身分は? 領地の広さは? 家の歴史は? 容姿は? 性格は? ……ええい!! まだるっこしい、今すぐソイツをここに連れて来い!! じっくりと品定めをしてやる!!!」 「……あなた、少し落ち着いてくださいな」 「う、うむ……」 興奮するラ・ヴァリエール公爵だったが、カリーヌにたしなめられてテンションを少し下げる。 そしてワインを一口飲み、本人的には落ち着いているつもりの口調で問いを重ねた。 「まあ……ワシとしてもだな、ルイズ。別にお前の…………こ、こいび…………『男友達』をどうこうしようという訳ではないんだよ。ただ、少し話をしてみたくなっただけなんだ」 『恋人』という言葉を使いたくないのか、やや無理矢理気味に『男友達』という単語を使う公爵。 対するルイズはそんな父の様子を見て逆に冷静になったのか、ポツリと不満気味に呟く。 「いないって言ってるのに……。それに男の人がどうこう言うんなら、順番からしてエレオノール姉さまの結婚の方が……」 「…………何ですって?」 「あ、やば……」 低く絞り出すような声を耳にして、ルイズは『しまった』という表情になる。 そして恐る恐るその声の方に顔を向けた途端、いつものつねり上げではない、口元を強引に片手で鷲掴むような掴まれ方をされた。 「もがっ!?」 「……私の前で、その縁起でもない単語を軽々しく口にしないでもらえるかしら?」 「あが、あががががが……」 ギリギリギリ、とルイズの頬にエレオノールの指がめり込んでいく。 それでも何とか口を動かし、ルイズは姉に対して謝罪した。 「ご、ごぇんなひゃひ……(訳:ご、ごめんなさい……)」 「結婚は人生の墓場、とおっしゃいな。ちびルイズ」 「け、けっきょんはじんひぇいのひゃかびゃ……(訳:け、けっこんはじんせいのはかば……)」 「よくってよ」 パッと妹の頬から手を離し、自分の席に戻るエレオノール。 ルイズは痛む両頬を撫でさすりながらやや恨めしげに長姉を見るが、その場にいる他の家族たちは今のエレオノールの行為について誰も何も言わなかった。 何故なら、これまでエレオノールに対して幾度となく縁談の話は持ち上がったのだが、その度に相手の方から断りを入れられていることを知っているからである。 だが、エレオノールももう27歳。 同い年の貴族の女性ならば、もう子供の一人や二人くらいはいても何の不思議もない年齢だ。……と言うか、カリーヌはエレオノールの年にはもうカトレアを産んでいる。 トリステインでも三本の指に入る名門ラ・ヴァリエール家としては、これはあまりよろしくない事態である。 よって、誰かがそれを指摘しなければならないのだが……。 「……あなたはそう言いますがね、エレオノール。いい加減にそろそろ身を固めるべきですよ」 「母さままで……!」 そんなことを言える者は、この場ではカリーヌくらいしかいなかった。 カリーヌはルイズに行った行為についてはスルーしつつ、エレオノールの当面の問題について言及する。 「あなたももう『年頃』どころの年齢ではないでしょうに。……先程の父さまとルイズの話ではありませんが、あなたも気になる男性の一人くらいはいないのですか?」 「……き、気になる男性、って……」 途端にエレオノールの顔が紅潮していく。 「な、何ぃ?」 「……………」 「……あら」 「む……」 そんな長女の変化を見て、家族たちは何かを察知した。 「ま、まさかエレオノール……お前も?」 「な、なな、な……何を言っているんですか、父さま。別に私は、あ、あんな男のことなんて……何とも思ってませんわ。ええ、ホントに……好きでも、何でも、ないんだから」 「『あんな男』だとぉ!!!??」 「あ」 父の叫びを聞いて、エレオノールは自分で自分の墓穴を掘ってしまったことに気付く。 (くっ……、わ、我が父ながら、何て見事な誘導尋問なのかしら……) こんなもの誘導尋問でも何でもないのだが、とにかくヴァリエール家の長女はワタワタ慌てながら弁明を行った。 「い……いえ、今のは違うんです、父さま。つい間違ったと言いますか、言葉のアヤと言いますか、口が滑ったと言いますか……えぇと、えぇと、とにかく違うんです! あ……あっちの方は分かりませんけど、私の方は何とも思ってないんですから!!」 「そ、そんな……ルイズだけでなく、エレオノールまで……」 「だから違いますって!」 顔を赤らめながらまくし立てるように言われても、全然説得力がなかった。 と、その時。 「まあまあ、父さま。姉さまもルイズも『好きな人はいない』って言っているのですから、それでいいじゃありませんか」 カトレアが柔らかな笑みを浮かべつつ、なだめるようにして父に話しかける。 三姉妹の中ではある意味で最も『恋愛』という事柄から遠い彼女の存在は、ラ・ヴァリエール公爵にとってある種の救いのようにも感じられた。 「む、むう……。しかしだな、カトレア」 ……そう感じていたのだが、直後、その『救い』のはずの次女の口からトドメを刺すような一言が放たれた。 「もっとも、私にはちゃんと好きな男の人が出来ましたけど」 カシャーン、と。 その時、公爵の手からナイフとフォークが落ちた。 「なん……だと……?」 狼狽を通り越して、呆然とするラ・ヴァリエール公爵。 しかし、これに驚いたのは彼だけではない。 「ち……ち、ちい姉さま!? ナニを言ってるの!!?」 「何って……私だって恋の一つもするわよ。いけないかしら、ルイズ?」 「いや、いけなくはないですけど……」 ニコニコと笑うカトレアに見つめられ、ルイズは思わずそれで納得しかけてしまう。 しかし、簡単に納得するわけには行かないことが一つだけあった。 その『相手の男』とは、一体誰なのか。 何せ次姉はこれまでラ・ヴァリエールの領地から一歩も外に出たことがないし、自然と男性と会話をする機会も……全くないというわけではないが、かなり限定されてくる。 しかもカトレアが惹かれたり魅力を感じたりする男となると、これは『限定される』などという言葉では生ぬるいだろう。 (『出来ました』って口振りからすると、最近に出会った人みたいだけど……) 可能性があるとすれば…………いや、それはない。 あんな何を考えてるのか分からなくて、研究以外に興味の対象が見当たらなくて、感情の起伏すらほとんど無さそうで、自分に対して一度も笑ったこともなくて、いつまで経っても他人行儀なヤツに、まさかちい姉さまが心を動かされるなんて。 そんなことはまず有り得ない、はずだ。 (それに……ちょっとやそっと一緒にいたくらいで良さが分かるほど、アイツは分かりやすいヤツじゃないんだから) …………まあ、ルイズの脳裏に浮かんだ可能性は完全に排除するとしても。 今までずっと浮いた話の一つすらなかった次姉がこういう話題を自分から持ち出してきたということは、喜ぶべきことなのだろう……と思う。少し複雑だが。 うぬぬと唸りつつルイズがそんなことを考えていると、カトレアはくるりとエレオノールの方を向いて『にこやかに』語りかける。 「エレオノール姉さまは誰も好きな人なんていないんですから、別に私が誰を好きになろうと構いませんわよね?」 「……どういう意味なのかしら、カトレア?」 「さあ、どういう意味なんでしょう?」 妙な感じに空気を張りつめさせていく長女と次女。 ちなみに、何故かカリーヌだけは眉をひそめつつも無言である。 「おお……、お……」 そして茫然自失の状態からどうにかして復帰したラ・ヴァリエール公爵は、震える声で娘に質問する。 「カ……カカ、カ、カトレア。こ、この際、お前の想い人とやらが誰なのかは問わないことにしよう……。だが……せ、せめて、馴れ初めを……い、いや、その男のどこが気に入ったと言うのだ?」 顔も声も名前も知らない『謎の男』の正体の一端でも掴もうとする、公爵のあがきであった。 だが。 「どこ、と言われましても…………一目惚れみたいなものですし」 「ひ、ひとめぼれ?」 「はい」 公爵は、その娘の言葉を聞いてフラッ……と倒れてしまった。 「ああっ、旦那さま!」 傍に控えていた執事のジェロームが、そんな公爵を介抱し始める。 「……まったく」 次々と明かされる事実に翻弄される父親、何やら牽制し合っている三姉妹。 そんな家族たちの中で、母親だけはただ一人冷静さを保っていたが……。 「……まあ、全く分からないということはないけれど……」 取りあえず今日の訓練は少しキツ目で行こう、と思うカリーヌであった。 「ぐ、ぅぅう……」 痛む身体を押して、バルコニーへと向かうユーゼス。 本当は死体のようにずっと倒れ伏していたいのだが、使い魔という立場上いつまでもダウンしているわけにもいかない。 それに主人たちが朝食をとっている最中に寝ていたとなると、あの公爵夫人に何を言われて何をされるか分かったものではない。 「……何故こんなことに……」 ここに来る前の予定では、本でも読みながらのんびりと過ごし、たまにエレオノールやルイズの相手をしながら平和な一時を満喫するはずだったのに。 一体自分が何をしたと言うのだろう。いや、色々なことをしてはきたが。 「ぬ……くっ……」 何にせよ、主人と合流する程度はしておかなくてはならない。 上手くすれば、ルイズが間を取り成して今日の訓練が中止になる可能性だって……限りなくゼロに近くはあれど、決してゼロではないのだ。 などと考えつつ、筋肉痛と打ち身に悲鳴を上げる身体を引きずるユーゼスだったが……。 「……む?」 「な、何故だ……。一体……一体、どこの誰が……。さ、三人が三人とも……同時にって、こんな……馬鹿な話が現実にあるわけが……」 「旦那さま、お気を確かに!」 ふと前を見てみると、執事に支えられながらフラフラと歩くラ・ヴァリエール公爵の姿が見えた。 「……………」 「現実……そ、そうかジェローム。きっとワシはまだ眠っている最中なのだ。きっとこの夏の陽気に当てられて嫌な夢を見ているのだな。現実のワシの身体は今、ベッドの中で寝苦しさに唸りを上げながら眠っているに違いない。ハハハ、この寝ぼすけさんめぇ」 「いや、それこそ現実から目を背けてはいけませぬ!」 ユーゼスは取りあえず一礼でもするかと姿勢をやや強引に正すが、しかし公爵も執事も自分たちのことに手一杯でユーゼスのことには全く気付いていない。 「?」 いきなり十年ほど老け込んだように見えるが、何かあったのだろうか。 (ふむ……。やはり公爵ともなれば、色々と心労や悩みごとなどがあるのだろうな……) 社会的地位や貴族としての立場などには興味が全くないのでよく分からないが、精神的にかなり追い詰められた経験ならばユーゼスにも何度かある。 絶対の自信を持っていた大気浄化弾の失敗。 独房への長期間の投獄。 そして顔や身体のほとんどを失ったこと。 ……いくら何でも公爵の悩みとやらがそこまで深刻とは思えないが、しかし精神的なダメージの辛さなど感じている本人にしか実感は出来ない。 (それを乗り越えられるかどうかも、また本人次第だな……) 無責任に『頑張れ』などとは言えないが、しかし心の中で小さく声援を送りつつ、『かつて乗り越えられなかった男』は深々と礼をしながら公爵を見送る。 「だ、だって有り得ないではないか。手塩にかけて育ててきた三人の娘に、まったく同じタイミングで男の影がチラつくなんて。今までほとんどそんな話はなかったのに……ねえ?」 「『ねえ』と言われましても、実際にそうらしいのですから仕方がないではありませんか!」 「……………」 さて。 本日のスケジュールは、午前にルイズから乗馬の手ほどきを受け、昼食はカトレアと取って、午後は日が暮れるまでカリーヌの訓練、夕食後はエレオノールと久し振りに魔法論のやり取りを行う、というタイトな物になっている。 「……因果律を調整して疲れを消すことも視野に入れておくか」 正直に言えばやりたくないが、この際仕方があるまい。 しかし、もしやこんな生活が御主人様の夏期休暇が終わるまで続くのではないだろうか。 「………………考えないようにしよう」 銀髪の男はその予想が限りなく正解に近いことに薄々と気付きつつも、今は取りあえずルイズと合流すべく、色々な痛みと戦いながら歩いていく。 別の日。 ルイズは自室にて悩んでいた。 先日明らかになった『カトレアの想い人』だとか、いつまで経っても上達しない使い魔の乗馬に関して、ではない。 いや、それらももちろん大事なことではあるのだが、そういうのとは種類の違う『大事なこと』だ。 「……………」 アルビオンに行くのか、それとも行かないのか。 いつまでも結論を先送りにすることは出来ないし、どちらにせよ早い内にハッキリとさせておいた方が良いだろう。 「う~ん……」 ルイズはまず、戦場と呼ばれる場所で自分に何が出来るのかを考えようとして……考えるまでもないことに気付いた。 自分の『虚無』をトリステイン軍の勝利のために使い、アルビオン軍を蹴散らす。 これ以外に何があると言うのだろう。 と言うか、逆に言うとそれ以外に出来ることなど何もない。 船を動かせるわけでもない。 何か作戦を立てられるわけでもない。 傷付いた兵士を癒せるわけでも……いや、もしかしたらまだ自分の知らない『虚無』の魔法の中にはそういうものもあるかも知れないが、少なくとも今の自分には使えない。 しかも、おそらくアンリエッタは『一兵士』としてではなく『強力な魔法兵器』としてルイズを使おうとしているはずだ。……もっとも、ルイズにもこれ以外の自分の使い道は思い付かないので、ある意味で仕方がないのだが。 よって、直接戦場に立つ可能性も低いと思われる。 「……兵器」 以前の……ユーゼスを召喚して色々な経験を積む前の自分ならば、それでも構わないと言ったかも知れない。 だが。 ―――「私より、ウルトラマンにでも頼んだ方が良いのではないか? 彼は地球の救世主だ。きっとこの事態を何とかしてくれるだろう」――― ―――「ハハハ! それはいい! ウルトラマンに支配されれば、地球の環境は破壊されずに済む! 自分の星すら満足に守れない、他力本願で自分勝手な地球人にはふさわしい支配者だ!」――― ―――「お前たちのように正体を隠して他文明の危機を救うのではなく、当初から絶対者として宇宙に君臨する。それが……超絶的な力を持った者の定めだ!!」――― ―――「私がどんなに汚れた大気を浄化しようとも……宇宙刑事たちが命をかけて犯罪者を捕まえようとも……。ウルトラマンの存在を知った人々が思うことは一つ……」――― ―――「……お前たちは、自分たちより弱い立場にいる者を甘やかしているだけだ。偽善者面で神を気取っているだけなのだ。お前たちは弱者の自立を遅らせている! 宇宙はお前たちの存在など必要とはしていない!!」――― あの夢の中のセリフが、思い起こされる。 ……このセリフの『ウルトラマン』という部分を『虚無』に、『チキュウ』や『ウチュウ』という部分を『トリステイン』や『ハルケギニア』に置き換えてみる。 『ウチュウケイジ』という部分は『兵士』とでも置き換えるとして。 ―――困ったことに、違和感があまりない。 自分は支配者になる気などは全くないのだが、それでも『虚無』は使いようによってはトリステインどころかハルケギニア全土を支配出来てしまうはずだ。 何せ『初歩の初歩の初歩』と書かれていたエクスプロージョンですら、艦隊を壊滅させるほどの威力を持っていた。 これがもっと強力な呪文になったら……。 「わたしの力を巡って、争いが起こるかも知れない……」 十分に有り得る話だ。 ……イザと言う時には祖国を、トリステインを守るべく戦うという覚悟はある。 これはトリステインの全ての貴族が持ち合わせている物だろう。 誰だって、祖国が蹂躙されることを良しとする訳がないのだ。 「……………」 そして、アンリエッタのために尽くしたいという気持ちは……あるにはある。 幼少の頃に遊んだ、『おともだち』。 宮廷の中で泥だらけになりながら蝶を追いかけ、一緒に侍従のラ・ポルトに叱られたこと。 クリーム菓子を取り合って、つかみ合いのケンカをしたこと。 ケンカの時は、大抵自分がアンリエッタを泣かせて勝利していたが……一度ならず、負かされたこともあったこと。 アンリエッタの寝室でドレスを奪い合ったこと。 ……思い返そうと思えば、いくらでもこうしてスラスラと思い返すことが出来る。 これらは今でも、大切な思い出だ。 そしていつの間にか誓っていた。 この身は姫様に捧げるのだ、と。 「誓った、んだけど……」 しかし、あの操られたウェールズ皇太子による誘拐事件を経て、その気持ちが薄らいだのも事実だ。 正直、アレはないと思う。 半ば強制的に連れ去られたのは、別にいい。これは仕方がない。 問題はその後だ。 『おともだち』であるはずの自分の言葉に全く耳を貸さず、正気を失っていると理解しながらもウェールズ皇太子に付き従った。 その後、明らかに『死んでもおかしくはない』はずの威力の魔法を自分たちに向かって放った。 仮にも一国の女王が、自分の国の貴族に向かって、である。 「うぅ~ん……」 そんな彼女が、自分に向かって『戦場に行け』と言っている。 相手はウェールズ皇太子の命を奪い、あまつさえその亡骸を利用してアンリエッタをかどわかそうとしたレコン・キスタ……いや、今は神聖アルビオン共和国だったか。 …………私怨が全く含まれていない、と見る方に無理があった。 それに――――なるべく考えたくはないが、自分が行って、それでもなお負けたらどうするつもりなのだろうか? また父によれば、別に直接攻め込んでいく必要もないという。 「……戦争する意味って、何なのかしら」 難しいことはよく分からないが、そんなに無理をしてアルビオンと戦う必要もないのではないか、とルイズは思い始めた。 そして、まあ仮に……自分の『虚無』のおかげで、アルビオンとの戦いに勝ったとしよう。 勝った後は、どうするのだろう。 自分は元の学生に戻れる……訳はあるまい。 国と国との戦争のバランスを崩すほどの力を、一人の人間が持っているのだ。 良くて監視つきの毎日、普通に考えて飼い殺し、何かあったら戦場に投入、最悪の場合は実験動物のように扱われたっておかしくない。 ―――「彼らは愛と凶暴さを危ういバランスで両立させている種族だからな……」――― ―――「奴らは『正義』という大義名分を振りかざし、自分たちの都合を押し付けているだけだ!」――― ―――「人間共がお前たちをどんな目で見ていたか忘れたのか? 人外の力を持つお前たちを恐れ……時には敵視し、あまつさえ戦いの道具として利用する!」――― 夢の中の登場人物たちの言葉は、実に的を射ている。 案外『正義』よりも彼らのように『悪』と呼ばれていた者の方が、物事を的確に捉えているのかも知れない。 「……………」 自分の持つ力。アンリエッタへ抱いている思い。夢から得た視点。父の言葉。トリステイン貴族としての立場。未来予想図。この戦争だけではなく、今後も色々なものに与えるであろう影響。 ルイズはこれらの要素を考慮し、一日かけて悩み……。 「…………うん、決めた」 アンリエッタへと返答を行うべく、ペンを取るのだった。 トリステインの王宮では、アンリエッタが深夜だと言うのに執務室でせっせと仕事をしていた。 アルビオンとの戦争のための準備である。 五十隻にも渡る戦列艦の建造費、二万の傭兵、数十の諸侯に配る一万五千の武装費、またそれらとゲルマニアの同盟軍のための食料費など、諸々の資金の調達のために税率を大幅に引き上げる手続き。 少しでも兵力を集めるために、学生仕官や平民に対しての即席訓練の場を設ける。 戦争に反対する王宮内の人間や、各地の貴族たちへの少々強めの説得。 そして……王宮に潜んでいた獅子身中の虫のあぶり出しと、その排除。 とにかく、やることは山積みなのだ。 「ふぅ……」 一息ついて、首をコキコキと鳴らすアンリエッタ。 ……これらの仕事をこなすことは、肉体的にも精神的にも辛い。 だが、あの憎きアルビオンに巣食う者どもを根絶やしにするためだと思えば、どうにか耐えられた。 由緒あるアルビオン王家に攻め入り。 自分の愛するウェールズを殺し。 問答無用でタルブへと攻め込み。 更にウェールズに偽りの命を与えて意思を奪い、自分を誘拐したあの者たちを根絶やしにすると思えば……辛さもどうにか誤魔化すことが出来る。 「そうよ……。あいつらはアルビオンの……ハルケギニアの歴史を否定したわ。そしてウェールズ様を殺し、このトリステインを蹂躙しようとした……。……その報いは、受けさせなくては……」 ブツブツと呟きながら、アンリエッタは再び仕事へと向かう。 明日には、自分をアルビオンへと手引きしようとした高等法院のリッシュモンを罠に嵌める計画を実行しなくてはならない。 そのためにも、今日の内に片付けられる仕事は片づけておく必要があるのだ。 「……………」 そのまま一時間も経過した頃。 アンリエッタの執務室に、ルイズとの連絡用に使っていた伝書フクロウが飛んで来た。 「まあ!」 それを見て、アンリエッタの顔がパッと輝く。 アレが来たということは、ルイズがアルビオンの戦地へと赴く決心をしたということだ。 返事が遅いのが気になっていたが……きっと父であるラ・ヴァリエール公爵を説得するのに時間がかかったのだろう。 何せあの公爵は、この戦争に反対していると聞く。 「まったく、アルビオン打倒は今やトリステインの国是だと言うのに……」 あのような分からず屋で頭の固い貴族ばかりだから、トリステインの国力はどんどん弱くなってしまっているのである。 その点、娘であるルイズは違う。 数えるほどしかいない自分の理解者の一人。 小さい頃からのおともだち。 最近はどうも少し印象が異なっているような気がするが、それでもルイズならば一も二もなくこの戦に賛成し、自分のためにあの『虚無』を捧げてくれるはずだ。 「もしかしたら、公爵が説得出来なくて家から脱走したのかも知れないけど……」 アンリエッタの口から、自然と笑みがこぼれる。 意外と行動力のあるルイズのことだ、それくらいはありえるかも知れない。 トリステイン女王たる彼女は伝書フクロウがくわえていた書簡を取り出し、それを読み始めた。 まあ、読まなくても内容は分かっている。 アルビオンへ向かいますので、詳しい日取りを教えてください。お時間をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。わたしは現地で誰の命令に従えばよろしいのでしょうか。 こんな所だろう。 だがせっかくの親友からの手紙だ。じっくりと読むのも悪くはない。 そして手紙を開き、その内容に目を通して……。 「……………………え?」 そこに、書かれていてはいけない言葉を見つけた。 「は……? あれ、ちょっと、……ええ?」 その部分を指でなぞっても、手紙を振っても、目をこすっても、ディテクト・マジックをかけてみても、何度読み返しても……その内容は変わらない。 『わたしはアルビオンには行きません』 間違いなく、ルイズの筆跡でそう書いてある。 そんな馬鹿な。 『虚無』なくしてトリステインに勝利は有り得ない。 それはルイズも分かっているはずなのに。 「…………どういう、こと?」 慌ててその周辺の部分を読み返してみるが、『過ぎた力は使うべきではありません』だとか『そもそも積極的に攻め込むこと自体に疑問を感じます』だとか書いてあるだけ。 これではまるで、王宮内の戦争反対派たちの言い分ではないか。 しかも。 『幼少の頃よりの友人としての頼みです。どうか賢明なご判断をお願いいたします』 末尾にはそんなことが書いてある。 ふざけるな。 本当に友人だと思っているのならば、自分の頼みにはためらいなく頷き、従うべきではないのか。 事実、あのアルビオン行きを命じた夜はそうだったではないか。 「っ、ルイズ……!!」 彼女は自分のウェールズに対する想いを知っていたはずなのに。 自分があのアルビオンの者どもから受けた、非道な仕打ちを目の当たりにしたはずなのに。 それなのに、何故、自分を裏切るのだろう。 「……どうして……どうしてなの……!! どうして!!!」 グシャリとルイズの手紙を握り潰し、目に涙すら浮かべて叫ぶアンリエッタ。 ―――その激情と独りよがりな思考が今の結果を招く一因となってしまっていることに、彼女は気付いていなかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6156.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 (…………うん、落ち着きましょう) すう、と息を大きく吸って、はあ、と吐き出すルイズ。 それだけのことに、何故かけっこうなエネルギーを使った気がした。 (……とりあえずは、状況の整理ね) まず、今朝早くにワルドが部屋にやって来て、叩き起こされた。ちょっとムッとした。 次に、いきなり『今からウェールズ皇太子に君と僕の結婚式をうんぬんかんぬん』と言われた。何を言ってるのか分からなかった。 そして、『君の使い魔君も賛成してくれたよ』と言われた。後であの馬鹿を怒鳴りつけたあと、説教して乗馬用の鞭で叩いてやろうと思った。 チンプンカンプンのまま軽い朝食を食べていたら、ツェルプストーやギーシュから『おめでとう』と言われた。あの馬鹿使い魔からは何も言われなかった。軽く殺意が芽生えた。 お城の中の礼拝堂までワルドに少し強引に連れて行かれて、そこで新婦の冠を頭に乗せられた。綺麗だったけど、今のこんな状況で、そんなものをかぶる気にはなれなかった。 あれよあれよと言う間に学生用の黒いマントを外されて、花嫁用の白いマントを羽織わされた。やっぱり、そんな気分じゃない。 そして今、わたしは始祖ブリミルの像の前に立っている正装したウェールズさまの前で、ワルドの横に立って――― (…………………………落ち着きましょう) チラリと視線を動かすと、参列客としてキュルケとタバサ、ギーシュとユーゼスがいる。 彼らはどうも、今のこの状況に疑問を抱いていないらしい。……全員の頭を、平手でハタきたくなってきた。特にユーゼスは念入りに。 混乱したままで突っ立っていると、いつの間にか式が始まってしまった。 「新郎、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 「誓います」 (いや、ちょっと待って……落ち着くのよ、ルイズ) もはや何度目か分からない心の呟きである。 (……なまじ途中経過を考えたりするから、混乱したりするのよ) この場合、最も重要なのは『結果としての現在の状況』と、『その状況に対してどう対応するか』だ。 ルイズは高速で思考を開始する。 まず、現在の状況。 結婚式の真っ最中。新郎はワルド。新婦はわたし。もうすぐわたしの誓いの言葉。 そして、その状況に対してどう対応するか。 (…………どうしよう) 何もかもがいきなりすぎて、考えが上手くまとまらないが―――とにかく、自分はワルドと結婚する。 結婚しそうになっている。 ワケの分からないまま、強引に結婚させられそうになってしまっている。 (ワルドと、結婚……) 今よりも幼い頃は、ぼんやりとそのイメージを抱いているだけだった。単純な憧れ、と言ってもいい。 だが10年の時を経た今、いざこうして結婚に踏み切って……踏み切らされてみると……。 (……ワルドと、結婚) 色々とあったせいで、彼に抱いていた憧れは再会した当初に比べれば随分と目減りしてしまったが、それでも消えてしまってはいない。 彼のことは嫌いではない。少なくとも、昔は好きだった。 今も、好き……なのだと、思う。 (それは、『今すぐ結婚しても良い』と思えるほど?) 自問する。そして、思い出す。 昨晩、使い魔に言ったばかりではないか。 ―――『……立派なメイジにはなれてないし、アンタのことだって、屈服させてないんだし……』――― そう。 一人前のメイジにもなっていないし、あの常に涼しい顔をしている使い魔のハナだって明かしていない。 それに―――何だか、ワルドに抱いている気持ちは、結婚とは、違う気がする。 だから……。 「新婦、ラ・ヴァリエール家公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 だから、わたしはこう言うのだ。 「いいえ、誓えません」 礼拝堂がざわめく。 ウェールズとワルドは目を何度かまばたかせて、 「し、新婦?」 「……ルイズ?」 と、新婦だったはずの少女に問いかけた。 その少女―――ルイズは毅然とした表情と態度で、それに答える。 「ごめんなさい、ワルド。わたし、あなたとは結婚出来ない」 「む……。新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。お二方には大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」 ワルドの顔が紅潮する。ウェールズは、うーむと首を傾げてそんなワルドに宣告する。 「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」 「待て、待ってくれ、ルイズ。そりゃあ、いきなりだったのは謝る。しかし……」 「……憧れだったわ、ワルド。もしかしたら恋だったかもしれない。でも、今は違うの」 「ルイズ!」 口調を荒げ、ルイズの肩を強く掴むワルド。その痛みに、ルイズは顔をしかめた。 ……ワルドの顔は険しくつり上がり、瞳には冷たい光が宿っている。 「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためには君が、君の能力が、君の力が必要なんだ!!」 今までとはガラリと雰囲気を変えたワルドに詰め寄られ、ルイズは恐怖を感じながらもキッパリと告げた。 「……いらないわ、世界なんて」 「いつか、君に言ったことを忘れたか!? 君は始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに―――」 さすがに見苦しく感じたのか、ウェールズがワルドをいさめようとする。 「子爵……、君はフラれたのだ。いさぎよく……」 「黙っておれ!」 ウェールズの手をはねのけ、なおもワルドはルイズに迫る。 「ルイズ! 君の才能が、僕には必要なんだ!!」 「……わたし、そんな才能のあるメイジじゃないわ」 「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよ、ルイズ!!」 そんな光景が繰り広げられて、さすがにキュルケたちも立ち上がり始める。タバサも視線を向けた。 ―――ユーゼスだけは、ただ冷静にワルドの様子を眺めている。 「……そう。あなたが必要で愛しているのは、何の根拠もなくわたしにあるってあなたが思い込んでる、『わたしの魔法の才能』なのね」 悲しそうに、ルイズは言う。 「…………そんな理由で結婚しようだなんて、こんな侮辱はないわ。ええ、あのラ・ロシェールの時も比較にならないくらい!!」 叫びながらルイズは暴れ出し、ワルドの手から逃れようともがく。 ウェールズが、今度はワルドの肩に手を置いてルイズから引き離そうとする。が、今度は強く身体を突き飛ばされてしまった。 「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!!」 ウェールズの言葉に効果があったのか、ワルドはすっとルイズの手を離す。 そして優しい……優しすぎて作り物にしか見えない笑顔を浮かべて言った。 「こうまで僕が言っても駄目なのかい? 僕のルイズ」 「……『僕のルイズ』? 誰が、いつ、あなたのものになったのよ?」 怒りを込めて返答される。それを聞いて、ワルドは天を仰いだ。 「やれやれ。この旅で君の気持ちを掴むために、随分と努力したんだが……」 そして、ギロリとユーゼスを睨んで舌打ちする。 「仕方がない。まずは最優先の目的を果たそう」 「え?」 ルイズが困惑の声を上げた瞬間、ワルドは素晴らしい速度と手際で杖を抜き、詠唱を完成させ、青白く光る魔法の刃でウェールズの心臓を貫いた。 「き、貴様……、『レコン・キスタ』……」 ウェールズの口と胸から大量の血が流れ、床に倒れ込む。 「ワルド……!! あなた!!」 バッ、とワルドから飛びすさるルイズ。 「ルイズ、下がってなさい!」 すぐさま椅子を飛び越え、キュルケが火球を放つ。 だが、ワルドはすぐさまウェールズの身体から風の刃を抜き放ち、火球を迎撃した。 その間にルイズはギーシュたちと合流し、ワルドと向き合う。 ルイズ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、そしてようやく立ち上がったユーゼス。 そして彼らと対峙したワルドは演説でもするようにして、ルイズたちに自分の目的を語り始めた。 「……この旅における、僕の目的は3つあった。 1つはルイズ、君を手に入れること。……しかし、これは果たせないようだね。 2つ目の目的は……ルイズのポケットに入っている、トリステインとゲルマニアの同盟を瓦解させるという手紙の入手。 そして3つ目、たった今達成したが、そこで倒れているウェールズ皇太子の命だ」 「貴族派だったのね! ワルド!!」 「そうとも」 怒鳴りながらのルイズの問いに、ワルドは平然と答える。 「魔法衛士隊の隊長の……トリステインに忠誠を誓ったはずのあなたが……どうしてだ!?」 「我々『レコン・キスタ』はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えてつながった貴族の連盟さ。我々にそのような『国家の縛り』はないのだよ、ギーシュ君」 「……!!」 ギーシュは怒りに身を震わせながら、ワルドの言葉を聞く。 「道中で、やたらとルイズの気を引こうとしてたのは……」 「ルイズの心を、僕に傾かせるためだ。……どうやら、ことごとく逆効果だったようだがね」 「ラ・ロシェールまでの道のりで襲ってきた夜盗や、宿で襲ってきた傭兵たちを手配したのも……!」 「……颯爽と活躍して、ルイズに僕の実力を印象づけるために仕込んだのだが……どうにも上手くいかなかったな」 「アンタ……!!」 珍しく、明確な怒りを露わにするキュルケ。 「……そう、全てはハルケギニア統一のため。そして、ハルケギニアは我々の手で1つになり―――始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」 「何が……、何が、あなたをそんな風に変えてしまったの? ワルド……」 「変わった、か。それは僕のセリフだよ、ルイズ。君がここまで『強く』なっているとは思わなかった。おかげで僕の計画はメチャクチャだ。……やはり、そこの使い魔君のせいかな?」 言って、ワルドは再びギロリとユーゼスに視線を移す。 ……視線を向けられたユーゼスは、ワルドに対して率直に、 (若いな……) そんな感想を抱いていた。 ユーゼスは、ワルドを見て思う。 (……ここで下手に正体を明かすよりは、正体を隠したままで去り際にウェールズを暗殺でもすれば良かっただろうに) そうすれば、獅子身中の虫としてトリステインに潜み続けることも出来たはずだ。 ……おそらく彼のシナリオでは、ここで自分たちを全滅させた後、自分1人だけがトリステインに戻ることになっているのだろう。 そもそも、彼は焦りすぎていた。 ルイズの心を掴もうとするにしても、自分を比較対象にするのではなく、もっと適役がいそうなものだ。 大体、本当にルイズの力『だけ』が欲しいのなら、禁制の水の秘薬なり何なりを使って操れば良いではないか。 それをしなかったのは、この男のプライドのためだろうか。 ―――と、ここで、アルビオン行きの船に乗る直前に感じた、『ワルドが誰に似ていたのか』の『誰か』に思い当たる。 過去の……若い頃の自分だ。 戦闘・権謀術数タイプと頭脳・研究タイプと、人間としての種類は異なっている。 だが妙に自信たっぷりで、無駄にプライドが高く、自分の行動が成功すると大した根拠もなく確信しており、内心では腹黒いことを考え、成功する保証もないのに物事を焦って強引に運び、糾弾されても悪びれもしない、なまじ優秀だから失敗してもほとんど気落ちしない―――と、かなり共通点があった。 (……………) 何ともまあ、因果な世界である。 立場が違っていれば、『先達』として色々とアドバイスも出来たのだろうが……そういう訳にはいかないようだ。 第一、アドバイスなどしても聞き入れはしないだろう。自分もそうだったのだし。 「まあ、良い。言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかないのだからね……」 ワルドは杖を構える。魔法の攻撃が来るのか、と全員が身構えるが……。 「さすがにこの人数相手では、僕も本気を出さざるを得ない。 では、何故……風の魔法が最強と呼ばれるのか、その理由を教育いたそう」 「!」 『何の魔法が繰り出されるのか』を察したタバサが即座に風の刃を放つが、それを回避してワルドは詠唱を行う。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 「あれは、確かミスタ・ギトーが使おうとしていた……!?」 驚いている間に、詠唱は完了してしまった。 そして、ワルドの身体が5人に分身する。 「な……!?」 (……まるでバルタン星人だな) その外見を知ったら、間違いなくワルドが怒りそうな引き合いをユーゼスは思い浮かべた。 「風の『偏在(ユビキタス)』……。風は偏在する。風の吹く所、いずことなくさまよい現れ、その距離は意志の力に比例する」 ワルドの分身たちは懐から白い仮面を取り出し、顔につける。 「……あ、あの仮面の男も……!」 「そう、それも僕だ」 そのセリフにピクリとユーゼスが反応したが、今はそんなことを気にしている場合ではない。 「これら1つ1つは、それぞれに意志と力を持っている。 ―――さあ、少年少女諸君。せいぜい抵抗してくれたまえよ?」 言うや否や、5人のワルドがそれぞれ個別に襲い掛かってくる。 かくして、戦いが幕を開けたのだった。 同じ属性のメイジ同士の戦いは、クラスと戦い方、そしてその時の状況が物を言う。 例えば同属性のラインメイジ同士が戦った場合、一方は一点集中型の攻撃が得意、対するもう一方は面制圧のような広範囲にわたる攻撃が得意だとして、さてどちらが勝つだろうか。 ……これはハッキリ言って『正解のない問い』であり、強いて言うなら正解の1つは『状況による』である。 一点集中型が一撃で勝負を決するかも知れないし、逆に広範囲型が攻撃の隙を突いて仕留めるかも知れない。 そのメイジの性格や気性もあるだろうし、精神力の総量にも若干の差があるだろう。 要するに―――実際に戦ってみなければ、分からないのだ。 「!」 「ほう、よくやるものだ……!」 『ウィンド・ブレイク』、『エア・ハンマー』、『エア・カッター』、『エア・ニードル』。 ことごとく同じ魔法がぶつかり、相殺される。 ……いくら同じ属性同士とは言え、ここまで攻撃が噛み合うことは通常あり得ない。 (遊ばれている……) タバサは、ワルドの行動をそう分析していた。 それ以外に、わざわざ自分の攻撃に合わせてくる理由が思い当たらない。 つまり完全に格下と見られているということであり―――そこに、つけ入る隙がある。 「………」 立ち止まりながらの魔法の撃ち合いではラチが明かないと判断し、ワルドの周囲をぐるりと回転するようにして走り出す。 そして呪文の詠唱を開始するが、 「次は『エア・ストーム』か!」 あっさりと次の手を見破られた。このあたりはさすがと言うべきか。 杖を構え、下手に動くなどという愚は犯さずにピタリと狙いをつけるワルド。 そしてタバサはそんなワルドに構わず、 「……!」 呪文の詠唱を中断し、旋回も止めて、一気にワルドへと接近した。 「何!?」 虚を突かれたワルドもまた、『エア・ストーム』の詠唱を途中で中断してしまう。 (速い……!) ただ走っているだけだというのに、この青髪の少女のスピードはかなりのものだった。どう見ても戦闘に向いているようには見えないが、どこかで訓練でも受けたのだろうか。 ワルドは後方へと飛び、距離を取る。無論、迎撃のための呪文の詠唱も忘れない。 放つ呪文は、 (『ライトニング・クラウド』……) ワルドの杖からバチバチと火花が散り、そして閃光とけたたましい音が炸裂し、稲妻が走る。 バリィイイイイインッ!! その威力は分かっていた。まともに受ければ死んでしまう魔法だ。 一昨日には実際に目にしたし、それ以前から知識として知っている。 ―――だから、そんな魔法への対策など、タバサは使い魔を召喚する前から考案済みである。 ワルドは、青髪の少女が叫び声を上げ、醜く焦げる情景を想像した。……あまり想像したくもなかったのだが、この魔法はそういう魔法なのだから仕方がない。 しかし、想像していたような叫び声は聞こえない。 肉が焦げる臭いもしない。 どういうことだ、と目を凝らしてみると……。 「……水!?」 『ウォーター・シールド』。その名の通り『水の盾』を発生させる、単純なドットスペル。 火系統以外のメイジならば、ほとんど誰でも使える魔法。 そんなものに、殺傷に長けた『ライトニング・クラウド』は止められていた。 「………」 タバサは『ウォーター・シールド』を解除し、更に『フライ』を使って高速でワルドに接近した。 バシャリと水のカタマリが飛散して髪や服が濡れるが、気にせず進む。 ……ハルケギニアにおいて、『電気』はほとんど研究されていない。 それは逆に言うと、ごく少数ではあるが研究はされているということである。 タバサが常日頃から読みあさっている本の中には、1冊だけだがその電気について記されていた本もあった。 それには“『ライトニング・クラウド』も電気の一つの形である”と書かれており、また“海水などは電気を通しやすいが、真水は電気を通しにくい”とも書かれていた。 どうやら水というものは、不純物が少なければ少ないほど電気を通しにくくなるという性質があるらしい。 タバサは、それを利用したのである。 「くっ!」 空を飛びながら接近するタバサに向かって、ワルドは刃の杖を突き出す。何せ自分から接近してくれるのだから、これほど狙いやすい相手はいない。 だがタバサは急激に軌道を修正して、その結果、 ビッ! 杖がタバサの左肩をえぐり、赤い血が噴き出した。 通常、人間は痛みを感じれば少なからず動揺し、隙が生まれる。ワルドはそこを突いてタバサを更に攻撃するつもりだったのだが――― (な……全くひるまない!?) 目の前の少女は本当に人間なのか、と驚愕する。 この戦い方は、自分の身体を『使い捨ての消耗品』のように捉えなければ出来ることではない。 言葉で言うのは簡単だが、人間―――動物は基本的に、自分の身を守ることを最優先に行動するものだ。 「………」 ワルドが呆気にとられている間に、タバサは詠唱を完了した。 繰り出す魔法は『ブレイド』。魔法の刃が、ワルドの身体を貫通する。 「が……!」 刺し貫かれながら、ワルドはタバサの顔を見た。 ……まるで、人形だ。 痛みに歪む様子も、戦いに対する恐怖や高揚も、勝利に対する喜びすらも見えない。 「貴様、何者……」 タバサは答えない。 答える必要など、ない。 そしてワルドの身体は消えていく。どうやら自分が相手をしていたのは『偏在』で作られた分身だったらしい。 それが完全に消えたことを確認すると、タバサはやはり無表情に、自分の左肩へと『治癒』をかけ始めたのであった。 「……さて。私の意見になるが、火系統は、非常に使い勝手が悪い」 「はあ?」 ラ・ロシェールへと出発する前日、ユーゼスの研究室にてキュルケは彼の意見を聞いていた。 「……ちょっと聞き捨てならないわね。火は、四系統の中でも攻撃力は最強よ?」 「『単純な攻撃力』はな。しかし火は四系統の中で、最も『物理的な力』が弱いのだ」 「ぶつりてき?」 そこから説明しなければ駄目か、とユーゼスは改めて説明する。 「土や水は確固たる『質量』があるし、風にも『押し出す力』があるが、火は単体では『力』がない。火事になって家が『燃え尽きた』ことはあっても、『家が吹き飛んだ』ことはないだろう。火事の原因が爆発にある場合は別としてな」 「…………むう」 「と言うか、他の系統との相性がおしなべて悪い。 水は言うまでもないが、土も炭化させるまで焼き尽くして崩すか融解させるしかなく、風が相手では……お前が実際に体験したように霧散させられるか、周囲を真空にされて炎そのものを掻き消されるかだ」 「じゃ、じゃあ、どうしろってのよ!?」 火の有用性や応用方法を聞きに来たのに、最初から『火は駄目な系統です』と言われてしまって焦るキュルケ。 そんな彼女に、ユーゼスは平然と答えた。 「火を『空気の燃焼』として考えるから、そこで行き詰まるのだ。『熱のカタマリ』と考えろ」 放った火球は、予想通りに掻き消される。 何せこれで通算3度目である。分かりきっていたことだが、やはりムカつく光景だ。 出来れば力押しで、火系統の優秀さをこの風のスクウェアメイジに見せ付けたかったのだが……仕方がない。 (重視するのは『火の勢い』じゃなくて、『熱』……) キュルケは意識を集中し、杖の先端に火球を生成する。 自身の系統を象徴するような赤い髪がざわめき、彼女から強い魔力がほとばしっていることを窺わせる。 火球はゆっくりと膨れ上がり、1メイルの大きさにまでなった時点で膨張を止めた。 しかし、キュルケは火球に魔力を注ぐことを止めない。 「フッ……、火球の威力を上げているのかね?」 馬鹿にしたような口調で、ワルドが問いかける。 どれだけ威力を上げようとも、対象が『火』である以上は『風』の優位は揺るがない。 まあ、せいぜい足掻くのを見物するか―――と、ワルドはキュルケが火球の『熱量』を上げていくのを見続けていた。 そして1分ほど経過し、キュルケの頬を一筋の汗が流れた所で、 「行け!!」 今のキュルケが作ることの出来る限界まで熱された火球が、ワルドへと放たれた。 だが。 (……遅い。狙いも外れている) 素人でも避けられるスピードで、しかも明らかに高めに撃ち出されていた。 あれなら、わざわざ掻き消すまでもなく外れるだろう。 「やれやれ……」 正直、拍子抜けである。 落胆を隠そうともせず、ワルドは魔法の詠唱を開始した。キュルケは自分の攻撃が大きく外れたことに業を煮やしたのか、身を低くかがめながら杖を片手に突っ込んでくる。 ちょうど先ほど放った火球を追いかけるような、しかし一定の距離を保つような速度だ。 (……ツェルプストー家も、この程度か) 真正面から向かって来るキュルケへと『エア・ニードル』を放つ。 風の槍はそのまま前進し、数秒後には鮮血を撒き散らして横たわる女の死体が――― 「っ、何!?」 ワルドの予想を裏切り、キュルケは『エア・ニードル』を最小限の動きで回避した。 (何故だ!?) 驚愕しながらも『エア・ニードル』を連発するワルド。さすがに近付いて来るにしたがってキュルケの回避動作も大きくなるが、しかし確実にキュルケはワルドの攻撃を回避していく。 (私の狙いは、それほど甘くはないはず……。感覚を狂わせる魔法が使われた形跡もない……まさか、撃ち出した後にエア・ニードルの『狙いがズラされている』のか!?) あり得ない。 キュルケが行ったことと言えば、無意味に高温で速度も遅く、狙いも『人間1人分ほども外れている』火球を放った程度のはず。 「!」 バッ、とその火球を睨む。 異常なほど熱された火球は、キュルケに先行するようにして上方を飛んでいる。 「……子爵様はご存知かしら? 『熱』でも『風』は起こるのよ?」 聞こえてきた声に、ワルドは目を見開いてキュルケを見た。 空気を通して伝わってくる強力な熱によって顔には汗が浮き、赤い髪はその汗で額に張り付いており、そして張り付いていない髪は風になびいている。 ―――熱対流、という現象がある。 熱されて軽くなった流体が上方に動き、逆に冷たい流体が下方に動く、というものだ。 この場合の『流体』とは『空気』のことである。 ……無論、少々の風が吹こうとも、風魔法の『エア・ニードル』はそこまで狙いをズラしたりはしない。せいぜい胸を狙った攻撃が、肩や頭に当たる程度の狂いである。 だが、キュルケにはそれで十分だった。 それだけの誤差が生じていれば、動体視力と身のこなしで回避は可能だ。少し危なくはあるが。 「ええい!!」 ワルドが『エア・ニードル』の照準を巨大な火球に向けるが、時すでに遅し。 「……!」 さすがにあんな熱量の物が目の前で爆散してしまってはキュルケもタダでは済まないので、火球を消滅させる。直後に『エア・ニードル』が通り過ぎて、残った火の粉や熱を拡散させていった。 そして気が付けば、ワルドとキュルケは手を伸ばせば届く位置にいる。 「くっ!」 即座にワルドは杖を突き出し、キュルケを攻撃した。 それをキュルケは身をひねって回避し、更に一歩を踏み込んでワルドの鳩尾にヒザを叩き込む。 「が……ほっ!」 ラ・ロシェールにて、ワルドの攻撃の際の動きは見ていた。 軍人としてとても完成されている、素晴らしい動きであった。 だが、ツェルプストー家は軍人の家系。すなわち、 「……あなたたちが使う動きなんてね、赤ん坊の頃から見慣れてるのよ」 言いながら、呼吸困難におちいるワルドの胸に杖を突きつけるキュルケ。 「少しばかり情熱が足りなかったわね、子爵様」 ワルドは右手を上げて彼女を制止させようとするが、キュルケは構わずに炎をワルドにぶつけた。 「―――あら、消えちゃった。分身だったみたいね」 額を流れる汗を右手で拭い、左手で髪をかき上げる。 「ま、そんなのであたしの相手が務まると思ったら大間違いってことよ!!」 勝ち誇って笑い声を上げるキュルケ。 普通であれば嫌味に見える光景だが、むしろそれが彼女の鮮烈さを際立たせていた。 ―――人を惹きつける華々しさ、凄絶なまでの猛々しさ、そして燃え盛る炎を連想させる熱さ。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーという女性は、これらの要素を全て合わせ持っている。 ドガァァアアアアン!! ギーシュの得意な『錬金』で作られた、青銅のゴーレムが吹き飛ばされた。 「う、うう……」 (何で僕は、こんなところで魔法衛士隊の隊長と戦ってるんだろう……) 心中で疑問を投げかけてみても、答えてくれる者は誰もいない。 答えてくれそう(だと勝手にギーシュが思い込んでいる)な人物であるユーゼスも、ワルドとの戦闘の真っ最中だ。 (僕はどうやって勝てば……いや、どうやって生き延びればいいんだ!?) 実力的には、完全に負けている。 経験的には、圧倒的に劣っている。 メイジのクラスでは、完膚なきまでに先を行かれている。 つまり勝てる要素どころか、生き残る要素すら見当たらない。 (ど、どうしよう……) 考えたって、悩んだって、分からない。 そもそも、そんなに簡単に解決方法が見えるのなら、苦労しない。 ドゴッ!! 「ぐぁっ!?」 『エア・ハンマー』で殴られた。痛い。 「……どうやら2体ほどやられてしまったようだからね。もう少し君をいたぶっても良かったのだが、手早く終わりにさせてもらうよ」 「う、うううぅぅうぅぅ……!!」 カツカツと足音を響かせながら、ワルドがこちらに向かって来る。 怖い。 這いつくばりながら、バラの造花の杖を握るギーシュ。 だがその造花の花びらは、今の『エア・ハンマー』の衝撃でかなり散ってしまっていた。まるでワルドの行く道をいろどる花道のようだ。 ―――今までの思い出が、雪崩のように蘇る。 (父上、母上、兄さんたち、レイナール、ギムリ、マリコルヌ……ああ、そう言えばモンモランシーとはケンカ別れしたままだった……) こんなことならモンモランシーにとっとと謝っておけば良かった、と後悔してももう遅い。 (結局、この前に払った300エキューも無駄になったなぁ……) ユーゼスに300エキュー返せ、と叫びたくなったが、死にそうな状態で金は役に立たない。 思えば、ラ・ロシェールの宿屋でのユーゼスの話の内容も……。 「……あれ?」 ふと思い出す。 『精神力の総量を増やすことがそう簡単に出来ない以上、その使い方を考えるべきだが……』 問題なのは、使い方。 ならば武器を持たせよう、とギーシュは提案したが、 『根本的な“改善”になっていないな。それに、持つ武器はせいぜい剣や槍だろう? 接近して拳をぶつける今と、あまり差が無い』 と、ギリギリ及第点に届かない採点結果であった。 『……ゴーレムにこだわる必要もないと思うがな。例えば、トラップのようにその花びらを配置して……』 ワルドは、自分の造花の花びらを踏みながら、こちらに歩いてきている。 「!!」 慌てて『錬金』を唱える。ワルドが踏んでいた花びらはそれに反応し、その姿を鋭い青銅の刃に変えた。 ザクッ! 「ぐっ!?」 しかし、足を貫きはしなかった。足の側面、クルブシのやや足先よりの部分を切っただけである。 「くっ……、やってくれるな、坊や……!」 「あ、あわわわわ……」 ワルドから物凄い形相で睨まれたので、ギーシュはガクガクと震えながら後ずさった。 (え、え、ええーと、他には、何て言ってたんだっけ……!?) とにかく大急ぎで、記憶の泉をザブザブ漁り始める。 『それは貴族の戦い方ではない、か。しかし人型のゴーレムにこだわっていては……。そうだ、いっそのこと“獣型”というのはどうだ?』 (って、相手はグリフォン隊の隊長、獣相手のエキスパートだぁぁああああああ!!) 大体、自分は人型のゴーレムしか作ったことがない。ぶっつけ本番で上手くいくとも思えない。 『優美さに欠ける? 随分と下らんことを……いちいち怒るな、取りあえずお前がゴーレムの形にこだわりたいのは分かった。それでは……』 「…………うう」 通用するのかなぁ、と不安になる。 しかし、やらないと確実に死んでしまう。 なのでギーシュは、バラの造花を振るった。 「む……!」 ワルドが身構える。 バラの花びらは踏まないように、気をつけながら歩いた。そもそも、もうバラの花びらが散乱した辺りは通りすぎている。 だが油断をするわけにはいかない、先ほどのようなトラップが待ち構えている可能性もある。 と、思っていたのだが。 「……?」 自分の眼前には、何も出てこない。特に身体に痛みもない。 (不発か?) 精神が酷く乱れている場合には集中が出来ないので、このようなことはよくある。 所詮は学生か、とワルドは杖を振りかぶってギーシュに攻撃を仕掛けようとする。 「行け、ワルキューレ!!」 「何!?」 しまった、後方にある花びらに『錬金』をかけていたのか、とワルドは急いで振り向いた。 「……!?」 だが、ゴーレムの姿は見えない。 ブラフか、と思って再びギーシュの方を向こうとして、 ドスッ! 「ぬ……!」 脚に、鋭い痛み。刺されたのだと理解するまで1秒ほど要した。 まさかこの学生の言葉は全て偽りで、本当はワルキューレなど出しておらず、先ほどと同じように青銅の刃で刺されたのでは……と、刺された箇所に目をやると、 「……ゴーレム!?」 ギーシュのゴーレム、槍を持ったワルキューレがそこにいた。 だが、小さい。 「な……!!?」 よく見渡してみると、先ほど散らした花びらの数だけ、女性の姿をかたどった青銅のゴーレムが存在している。 ただし、30~40サントほどの大きさで。 『ゴーレムのサイズを小さくしてみろ』 『……いや、それだと力も落ちるし、戦力としては大幅ダウンになるんだが』 『使用する精神力が抑えられるのだから、数は揃えられるだろう。人海戦術を使いたい時には向いているのではないか?』 『いや、だから大きさと単体の戦力がともなっていないとだね!?』 あの時は『何を言ってるんだコイツ』と思ったが、どうやら成功したようだ。 ワラワラと群がる小型のワルキューレたちに、ワルドは面食らっている。 (小型のワルキューレ、というのも名前として味気がないな……そうだ、『プチ・ワルキューレ』という名前にしよう! ついでに大型のは『グラン・ワルキューレ』で!) 浮かれるギーシュ。 プチ・ワルキューレたちは、ザクザクとワルドの身体を刃で突き刺していく。 だが。 ビュゴォォオオオオオッッ!! 「ああっ!?」 ワルドの身体にまとわりつくようにして発生した旋風によって、全て薙ぎ払われてしまった。 「本当に……やって……くれるね、ギーシュ・ド・グラモン君……。道理で振り向いてもゴーレムの姿が見えないわけだ……。何せ、視界に映らないほど小さかったのだからね……。しかし、たかがドット程度にここまで傷を負わされるなど、思ってもみなかったよ……!!」 「あ、いや、その、えっと」 血まみれの姿の敵から怒気や殺気を向けられたので、ギーシュはしどろもどろになる。 もはや打つ手は尽きた。 今更、少しばかり大型のワルキューレを作ったところで、この男に通用するとは思えない。 またユーゼスの言葉が頭をよぎる。 『……まったく、わがままな男だな。トラップは駄目、形状変化も駄目、サイズ変更も駄目。では何をしろと言うのだ』 『いや、だからワルキューレが今の姿と大きさを維持したままでだね……!』 (うぐぉぉぉぉおおおおおおおお~!!) 今度こそ、ユーゼスによってもたらされた本当に最後のアイディアを思い出す。 (つ、通用してくれ……!) 祈るように、造花を振るった。 花びらが一枚舞って、青銅の戦乙女が現れた。 ……大きさは人間大。武器は剣を持っているが、それ以外に取り立てて目立った点はない。 ワルキューレは、ゆっくりと歩を進めてワルドに向かう。 「フン、最後の悪あがきか」 ガシャン、ガシャンと歩いてくるワルキューレを、ワルドは『ウィンド・ブレイク』を使って吹き飛ばそうとする。 ビュゴォウッ!! 「や、やった!」 「何だと!?」 しかし、ワルキューレは多少は身体を動かしたものの、吹き飛ばされはしなかった。 「どういうことだ!? 最初に吹き飛ばしたものとは違うのか!?」 驚愕している間にも、ワルキューレはゆっくりと歩み寄ってくる。 そしてある程度の距離まで近付いた時点で、 「よ、よし、ワルキューレ! 『ディスタント・クラッシャー』だ!!」 「!?」 またバラの造花を振るギーシュと、どんな攻撃が来るのかと身構えるワルド。 しかしワルキューレは両腕をこちらに突き出すだけで、特にアクションは起こさない。 一体何なのだ、といい加減にこの少年の相手が嫌になってきたワルドだったが、そんなことを思った次の瞬間、 ドゴォオオッッ!! 「ご…………ハッ!」 左腕が彼の胸を貫かんとでもするように、物凄い勢いで飛んで来た。 口から血が吹き出る。 ベキベキ、とアバラが折れ砕けていく音がする。 ……よく見てみると、飛んで来た腕は完全にゴーレムと離れているわけではなく、鎖で繋がれている。 そしてその腕の断面は、 (空洞では、ない……!?) 中身に隙間が、それほど存在していない。土や粘土などの柔らかい物質ならばともかく、青銅のような金属製のゴーレムの場合、これではまともに動けるはずがない。 (……やたらと遅く動いていたのは、それでか……!) 『ウィンド・ブレイク』で吹き飛ばせなかった理由も、これで合点がいった。ただ単純に、重かったのである。 一方、そんな奇襲に成功したギーシュはと言うと、 (せ、成功した……!) ジャラジャラと鎖を巻き戻させながら、ぶはあ、と盛大に息を吐いていた。 形を維持したいのならばワルキューレの装甲を厚くするか薄くするかしろ、と言われたことを思い出し、ならばと思いっきり厚くしてほとんど隙間すら無くなってしまったことに気付いた時には、もう生きた心地がしなかった。 そして、彼の知人とやらが操っていた『ゴーレムやガーゴイルのような物』(としかユーゼスは説明してくれなかった)の武装、『ディスタント・クラッシャー』を模した攻撃。 ユーゼスが説明した、その仕組みは単純だ。 ワルキューレが、肘から先を切り離す。 すかさず長めの鎖を『錬金』で製作して、2つの切断面を繋ぐ。 それと同時に、切り離した腕の切断面に爆発物を『錬金』する。 あとは『着火』で火を付けるだけ。 なお、腕の切断面は真っ平らではなく筒状にしておかなければ、真っ直ぐ飛ばないので注意すること。 ……何より重要なのは、これらの行程は一瞬以内の時間で行わなければならない点である。ボヤボヤしていると、切り離した腕が地面に落ちてしまうからだ。 これだけの行程を瞬時に行うのはいくら何でも無理なので、ギーシュはワルキューレを作る際、腕に切れ目を入れ、ワルキューレの中にあらかじめ鎖を仕込み、更に火薬も仕込んでいた。 「よ、よぉし……!」 そして、今発射したのは左腕。 武器を持った右腕は、まだ残っている。 ワルキューレはその右腕をワルドに向けて、 「がっ、ま……!」 敵が右手を突き出してきたが、呼吸困難なために何を言っているのかよく分からないので、構わずに発射した。 ドシュッッ!!! ワルドの身体が両断され、その身体が消えていく。 「ふ、ふはぁ~~……」 思わずその場にへたり込むギーシュ。 辛く険しい戦いだったが、この戦いを一言で表現するならば、 「セ、セコい……」 これであろう。 何しろ、有効な攻撃は全て『相手の油断や不意を突く攻撃』であったし、『正面からまともに打ち破った』要素など皆無である。 「今度は、もっと堂々とした戦いをしたいなぁ……」 でも無理かなぁ、などと呟くギーシュであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6353.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 底部のジェット噴射口を駆使し、機体を敵艦隊の上空でホバリングさせる。 ルイズは開いた搭乗口から敵艦を見下ろしながら、詠唱を開始した。 「……エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」 「『虚無の魔法』か。どのような物なのか、詳細は書いていなかったのか?」 額に浮いた汗を手でぬぐいながら、ユーゼスはエレオノールに尋ねる。 「『エクスプロージョン』って言うくらいだから、多分爆発する魔法だとは思うんだけど……」 しかし、何しろ初めて見る魔法なので、エレオノールも推測や予想しか話せなかった。 「もしかしたら、今までの御主人様の『失敗』は、その『エクスプロージョン』の出来損ないなのか?」 「……かも知れないわね」 「……オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……」 『ゼロのルイズ』が『虚無のルイズ』に、『無能』が『伝説』に変わろうとしている。 「……ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ……」 エレオノールは大きな不安と小さな期待を、ユーゼスは興味を持ってその光景を見ていた。 「……ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル―――!!」 呪文が完成し、ルイズは敵艦隊に向かって杖を振り下ろす。 一瞬の後、タルブの空に強烈な光のカタマリが現れた。 タルブの空の戦いはひとまず終わったが、タルブの陸ではそれ以上の激戦が繰り広げられていた。 敵は新型の大砲を使って、上空からこちらを攻撃してくる。 ウワサに名高いアルビオンの竜騎士隊が見当たらないのが不思議と言えば不思議だったが、軍と軍との戦いならば竜騎兵などの出番はそれほど無い。 そもそも艦隊をあらかた潰されてしまったトリステイン軍には、アルビオン艦隊に対抗する力など存在しないのだ。 おそらくこの砲撃が終われば、敵は降下して直接攻撃を仕掛けてくるだろう。 砲撃によって数は減らされ、陣形は乱され、士気はくじかれ、トリステイン軍はもはやガタガタである。 「……!」 そんな中で、トリステイン軍のある一人の兵士はこの状況に歯噛みしていた。 その兵士は女性であり、短く切りそろえた金髪と澄んだ青い瞳を持っていたが、その眼光はまぎれもなく戦士のそれであった。 名前を、アニエスと言う。 アニエスは、とある事情からある程度の権力を欲している。 そして平民の自分が名を上げるには、戦場で功を上げるのが最も手っ取り早い……と考え、喜び勇んでこの戦いに参じたのだが、この体たらくでは功を上げるどころか生き残ることすら危うい。 (生き残りさえすれば、『私の目的』を達成するチャンスもいずれ巡ってくるかもしれない……) 本気で逃げ出すことを考え始めるアニエス。 と言うか、事実として自軍の内の何人かは逃げ出し始めている。 そして砲弾の雨にさらされ続け、いい加減に『もう逃げるか』と一歩を踏み出したその時。 自分たちを殲滅せんと攻撃し続けていたアルビオン艦隊は、突如として発生した巨大な光に飲み込まれていったのだった。 ―――光が消えると、アルビオン艦隊は炎に包まれていた。 全ての戦艦の帆と甲板が、赤く燃えている。 そしてつい先ほどまでトリステイン軍に砲撃を行っていた大艦隊は、それまでの猛攻が嘘だったかのように墜落していく。 「……………」 その場にいる誰もが、呆気に取られていた。 こちらからは何もしていないのに、いきなり敵がやられたのだから当たり前である。 それはアニエスも例外ではない。 トリステインの軍勢は、しばしそうして呆然としていたが、 「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! 伝説のフェニックスによって!!」 マザリーニ枢機卿の叫びによって、ハッと我に返る。 なるほど、上空を見れば確かに『何か』の姿の確認が出来た。 マザリーニ枢機卿は『伝説の不死鳥だ』などと言っているが……アレは本当に鳥なのだろうか? 遠いのでよく分からないが、どこか違う気がする。 しかしアニエスの疑問などには構わず、全軍の士気は爆発的に増大した。 「うおおおおおおぉーッ!! トリステイン万歳!! フェニックス万歳!!!」 そこかしこから自分たちを鼓舞する大声が轟き、それらは巨大な渦となる。 「むう……」 集団心理とは恐ろしい。 (だが何にせよ、これはチャンスだ……) アルビオンに傾いていた『流れ』は、一気にトリステインへと引き寄せられた。 上空には、泡を食った様子で落ちてくるアルビオン軍の面々。 浮き足立った敵(先ほどまでは自分たちが浮き足立っていたのだが)の掃討など、そう難しいことではない。 「全軍突撃ッ! 王軍ッ!! 我に続けえッ!!」 アンリエッタ王女の声が、高らかに響く。 (言われるまでもない……!) 一人でも多くの敵を倒し、戦果を上げるため、アニエスは銃を握り締めながら駆け出していった。 「ぐ、う…………っ!!」 『謎の飛行する鉄のカタマリ』に吹き飛ばされたワルドは、かなり離れた位置の森の中に流され、墜落していた。 身体中が痛い。 あの『謎の飛行する鉄のカタマリ』と激突する際、とっさに風魔法を使ったので衝撃はある程度は殺せていたが……それでもかなりのダメージだ。 左腕の義手など、完全に壊れてしまっている。 ……当たったのが身体の左側ではなく右側であれば、もう一つ義手を用意しなければならなかっただろう。 「おのれ、ガンダールヴ……!」 『謎の飛行する鉄のカタマリ』からわずかに見えた銀髪と顔は、まぎれもなく自分の左腕を奪った、自分のかつての婚約者の少女の使い魔だった。 「…………!!」 ユーゼスへの憎悪を募らせながら、ワルドはこれからのことを考える。 アルビオン艦隊は、燃え落ちている。 おそらくこの戦いは負けだろう。 取りあえずはクロムウェルの元に戻り、体勢を立て直さなければなるまい。 こうなったら『紫の髪の男』についても、本格的に調査を開始しなければ。 「何にせよ、戻らねばならんか……」 詳しい作戦は、戻って落ち着いてから練ることにしよう、と歩き始める。 そして歩いている内に、森の中の開けた場所に出て……そこに、ある人物が待ち構えていた。 「ふむ……、ビートルの試運転は、それなりに上手く行っているようですね」 「な、お前は……!?」 遠くタルブの空を飛ぶ『謎の飛行する鉄のカタマリ』を眺めながら、白衣を着込んだ男は自分に目をやる。 「まあ、詳しい乗り心地や使い勝手については、後でユーゼス・ゴッツォに伺うとして……。 ……さて、この場での私の用事はビートルやユーゼス・ゴッツォではなく、あなたです」 動転するワルドを眺めながら、『紫の髪の男』は告げた。 「それではお話をしましょうか、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵」 (どこで俺についての情報を……いや、あのガンダールヴか) あの銀髪の男から、さわり程度でも自分のことについて聞いていたのだろう。 元トリステイン軍グリフォン隊隊長。 今はレコン・キスタの一員。 ラ・ロシェールの酒場で自分たちの話を盗み聞きしていた人物は、この男であること。 そして、大まかな外見とフルネーム。 これだけの情報があれば、推測や調査はたやすい。 そして『紫の髪の男』は、ワルドにある確認を取った。 「……私の周辺をコソコソと嗅ぎ回っていたのは、あなたですね?」 「!」 (気付かれていたのか!?) 驚くワルド。行動には細心の注意を払っていたと言うのに、どうやって自分の動きを察したのだろうか。 ワルドの内心の動揺にも構わず、『紫の髪の男』は言葉を続けた。 「……遠巻きに私の話を盗み聞く程度ならば無視しても構わなかったのですが、こうも周りで動き回られると目ざわりなのですよ」 「ぐ、う……」 一歩後ずさるワルドだが、男は追及の手を止めない。 「取りあえず、私の周辺を探っていた理由を聞かせていただきましょうか」 物腰は柔らかかったが、『言動にわずかな偽りも許さない』、とその視線が語っている。 「……!」 やがてワルドは神妙な面持ちをしながら、ブツブツと小声で何かを呟き始めた。 「? ……申し訳ありませんが、もう少し大きな声で喋っていただけませんか?」 (馬鹿め!!) 首を傾げる『紫の髪の男』を内心であざ笑いながら、杖を抜き放つ。 呪文の詠唱は、すでに完了した。 あとは発動させるだけだ。 バリィイイイイインッ!! 相手に驚く暇も与えず、杖の先から電撃がほとばしる。 『ライトニング・クラウド』を浴びせながら、ワルドはようやく『紫の髪の男』に対しての回答を行った。 「フン、お前に話す必要などはない……!」 と言っても、死体に話しても意味がないのだが。 それでは死体を検分し、この男が持っているはずの『力』についての情報を集めよう……などと思っていると、何と自分の言葉に対しての返答が聞こえてきた。 「……そうですか。それは残念です」 「何!?」 『ライトニング・クラウド』の放電が終わり、事象の結果が明らかになる。 そこに立っていたのは、無傷の男。 白衣にわずかな焦げ目すら無ければ、特に防御を行った様子も無い。 「な、何だと……!?」 「ククク……。その程度の電撃で、ネオ・グランゾンの歪曲フィールドを破ることは不可能ですよ」 「ね、ねおぐらんぞん……!?」 泡を食うワルドに追い討ちをかけるように、『紫の髪の男』の背後が歪み―――そこに、魔神が出現した。 「おや、『かくれみの』が解けましたか。やはり戦闘しながらの展開は出来ませんね。……しかし歪曲フィールドの壁の内側に立つというのも、妙な感じです」 後ろの巨人を振り仰ぎながら、『紫の髪の男』は軽く呟く。 藍色の金属でその身を固め、黄金の輪を背負い、見る者全てに等しく恐怖と畏怖を与えるその威容を前にして、なぜああも平然としていられるのか。 その答えは、ただ一つ。 「これが……、お前の力……!?」 「その通りですよ、ワルド子爵。しかし、電撃でコレにダメージを与えたいのであれば、せめてグレートマジンガーのサンダーブレーク程度は……と言っても分かりませんか」 ヴン、と闇の魔神の硬質な瞳が光り、ワルドは思わず後ずさった。 『紫の髪の男』は、仕方がないと言わんばかりに溜息をつく。 「素直に『私の周辺を探る理由』を話していただければ、その内容次第では見逃さないこともなかったのですが……」 ワルドを見据えたまま、彼は一つの宣言を下した。 「今の攻撃のお礼は……させていただかなくてはなりませんね」 「ユ、ユビキタス・デル・ウインデ……!」 即座にワルドは詠唱を開始した。 攻撃を行うためではなく、逃げるために。 「む?」 どうやら『紫の髪の男』はこちらの行動を観察する余裕があるらしく、悠長に詠唱を見逃している。 ……口惜しいが、この男には勝てない。 だが、いずれはその力を……。 「さらばだ!!」 『偏在』で5体の分身を作り出した直後に、捨てゼリフを残してその場から飛び立つワルド。 5体はそれぞれ、素晴らしいスピードでバラバラの方向に逃げて行った。 (これで確率は5分の1か……!) 全く別の方向に逃げれば、相手も始末には手こずるはずだ。 もしかすれば最初に『本体』を引き当てられる危険もあるのだが、そこは賭けである。 そうワルドは思っていた。 だが。 「?」 自分以外の4体の分身たちの視覚に、妙なモノが映し出される。 一言で言うならば、宙に浮かんだ黒い穴。 穴は恐ろしいほど暗く深く、その奥にあるものは全く見えない。 一体何なのだと疑問に思った瞬間、その穴の中から光が飛び出し、4体の分身たちは同時に消滅した。 「な、な……!?」 分身たちが消滅したのと完全に同じタイミングで、少し離れた4つの地点に爆発が起こる。 ……自分の分身がいるはずの地点と、全く同じ場所だった。 「…………!!」 一体、どうやって『本体』と『分身』を見分けたのか。……いや、それ以前にあの攻撃は何だ。自分はあんな攻撃など、見たことも聞いたこともありはしない。 驚愕するワルドだったが、そんな彼を更にたたみかけるかのように、今度は本体である彼自身の視界にも『黒い穴』が現れた。 それも、1つや2つではない。 10個、20個……いちいち数えている精神的余裕などワルドには存在していないため詳しい数は分からないが、とにかく多くの『黒い穴』が四方八方、ワルドの周辺を取り囲んでいた。 《……なかなか賢い逃げ方です。決断も早ければ、手際も良い。あなたは優秀ですね》 「…………う、うう…………!」 もはや言葉も出ないワルドに向かって、『紫の髪の男』の声を発しながら闇の魔神が空を飛んでやって来た。 《相手が私ではなければ、逃げることも出来たかもしれませんが……。ここまでです》 そしてフワリとワルドの前に降り立つ、闇の魔神。 ―――周囲は『黒い穴』、その向こうには絶対的な力。 逃げ場は、ない。 《では、あらためてお尋ねしましょう。……私の周辺を探っていた理由は何ですか?》 変わらぬ口調が、ワルドに投げかけられる。 どのような仕組みかは分からないが、この闇色の魔神は『紫の髪の男』の意識や声を伝達させる能力があるらしい……と、ボンヤリとそんなことを考えるワルド。 だが、そんなことを考えている場合ではない。 下手なことを言えば、自分も『偏在』で作り出した分身たちと同じ運命を辿ることになる。 ……しかし、この男相手にごまかしや嘘が通用するだろうか? (こうなったら、イチかバチか……) 仕方がないので、ワルドは正直に全てを打ち明けた。 銀色の髪のガンダールヴが持つ、知識と力を見たこと。 あの男と話していた『紫の髪の男』ならば、同等程度の知識と力を持っていると考えたこと。 そして、調査を開始したこと。 あわよくば、その力を手に入れようともしたこと。 話している途中で『ガンダールヴとは何か』、『その銀色の髪の男の能力は』などという質問もされたが、それにも偽りなく答えていく。 《ふむ、なるほど……》 ……どうやら、ある程度は納得してくれたらしい。 《1つだけ確認しますが。……今までの話を総合するに、あなたは私のことを利用しようとしたのですか?》 「そ、そうだ。その力を手に入れてみたいと、思った……」 《……そうですか》 その回答が腑に落ちたのか、ワルドを取り囲んでいた『黒い穴』が消えた。 はあ、とワルドは大きく息を吐く。 これでひとまずは安心だ。 ……あくまで『ひとまずは』であるが。 「…………っ」 この闇の魔神の前にいる以上、心の底からの安心など出来ない。 それにこれを操る『紫の髪の男』が少し気まぐれを起こせば、自分の命は瞬時に刈り取られてしまうだろう。 逃げなくてはならない。 そう考えるや否や、ワルドは即座に行動する。 自分のこれまでの人生の中でもトップクラスに素早い詠唱を行い、呪文を完成させた。 「っ!!」 強力な突風が発生し、盛大に土煙を舞い上げ、その土煙は闇の魔神をスッポリと覆う。 「よし……!」 続いて『フライ』を詠唱。 慌ててはいけない、しかし遅いのは論外、速度と正確さを両立させて、最大速度で低空飛行、そして森の中に逃げる。 ……後ろから、『紫の髪の男』の声が聞こえてくる。 《……このネオ・グランゾンの力の片鱗を目にして、なおも抵抗したその勇気は評価して差し上げましょう……》 後ろを振り向くべきかどうか迷うが、振り向いたりすれば速度が落ちるので振り向けない。 だが、『見てみたい』という気持ちはある。 《しかし、分不相応な勇気や野心は命を縮めるだけですよ》 「ぐ……!」 そして恐怖心と好奇心のせめぎ合いの末、ワルドは後ろを振り向いた。 そして見た。 闇色の魔神の胸の部分が開く光景を。 その開いた箇所に白い光が集まり、光がまたたく間に黒い闇へと変わる瞬間を。 《……光栄に思いなさい。生身の人間相手に、直接攻撃を下すのはこれが初めてです》 付け加えるなら、『アインスト』と呼ばれるモノを除けば『ハルケギニアの存在』に対しての攻撃もこれが初めてであったのだが、ワルドにはそんなことを知る由もない。 《極小サイズですが……》 魔神は胸にある『闇のカタマリ』を片手で操作すると、それをワルドに向かって投げつけた。 《ブラックホールクラスター、発射!》 『闇のカタマリ』は、高速で自分に向かって来る。 森の木々を、石を、地面を、空気を無尽蔵に吸い込みながら。 「う、うあ、あああああ……!」 ワルドは逃げる。 だが、逃亡もむなしく『闇のカタマリ』はワルドの身体を捉えてしまった。 「ぁ…………!!」 瞬間、世界から音と光が消えた。 どこかよく分からない場所へ、無理矢理に連れて来られた。 ここはどこだ。 一体何なのだ。 闇が渦を巻いていることしか分からない。 そしてワルドがその存在を完全に消されてしまう直前――― ―――自分が追っていた『紫の髪の男』の、名前すら知らないことに気付くのだった。 「少々、ムキになってしまったかも知れませんね」 周辺の木や地面ごと『消滅』してしまった地点を見ながら、『紫の髪の男』……シュウ・シラカワはあっけらかんと言った。 「…………明らかなオーバーキルだと思いますけどね、あたしは」 そんなシュウの使い魔であるチカは、相変わらずサラッとメチャクチャなことをする主人に向かって呆れたような……と言うか、実際に呆れた口調で呟く。 (つーか、ワームスマッシャーだけじゃなくブラックホールクラスターまで使うって酷すぎるような……) 一応、そのことを主人に言ってみると、 「彼は私に攻撃を加え、そして何よりもこの私を利用しようとしました。当然の報いです」 そんな答えが返ってきた。 「……は、はあ、そうですか……」 チカとしても、そう言われてしまっては強引に納得するしかない。 そして使い魔との話を切り上げたシュウは、ネオ・グランゾンに記録されている映像を見ながら、先ほどアルビオン軍の艦隊を襲った『謎の光』について考える。 「ビートルと『光』と艦隊の位置関係からするに、おそらくこれはビートルに乗った人間が行ったもの……。 当然ながらプラーナコンバーターを付けただけの機体にそんなことが可能なわけはありませんし、ユーゼス・ゴッツォもわざわざ『力』を軍事行動に使うわけがない……。 となると、残りの人間がアレを行ったことになりますが……」 可能性が高いのはユーゼスの『主人』である、あの少女か。 「ふむ……」 記録映像は、墜落する戦艦の中から次々にメイジや兵士たちが脱出していく場面に差しかかった。 「……死傷者がいる様子はありませんか。あの『光』が残した効果は、艦隊の炎上と『風石』とやらの反応の消失のみ……。どうやらサイフラッシュとコスモノヴァを合わせたような性質を持っているようですね」 『サイフラッシュ』と『コスモノヴァ』。 どちらもシュウと浅からぬ因縁を持つ、魔装機神サイバスターの武装である。 『サイフラッシュ』とは、簡単に言うと周囲にエネルギーを放射する武装なのだが、その際に攻撃を行う操者の意思を反映し、ダメージを与える対象を選別することが出来る。 また『コスモノヴァ』は膨大なエネルギーを敵にぶつけて、次元を歪ませた上であらゆる物質を粉砕するという武装だ。……コレは以前にネオ・グランゾンを破壊した攻撃でもあるので、シュウとしても多少の思い入れがある。 「……………」 と、昔を懐かしんでいる場合ではない。 「どこにも似たような攻撃はあるものですが……しかし、これを個人の力で放つとは……」 シュウの見立てでは、あの『光』のエネルギー総量はサイフラッシュやコスモノヴァに劣る。 だが、アレは明らかに『人間が放つ攻撃』の範疇を逸脱していた。 このネオ・グランゾンとて、アレをマトモに受ければ『多少のダメージ』を受けてしまうだろう。 ぜひ一度じっくり研究してみたい所だが……。 「まあ、アレの分析や考察はユーゼス・ゴッツォに任せますか」 実に都合よく『力の行使者』の近くにいるのだから、せいぜい頑張ってもらおう。 「それにしても……ユーゼス・ゴッツォ、アインスト、ラ・ギアスの物とは異なる魔法、ガンダールヴ、そしてあの『光』……」 この世界の存在と事象に関して、興味は尽きない。 加えて、自分を召喚したティファニアが扱う『記憶を消去する魔法』についても気にかかる。 ユーゼスから受け取った『ハルケギニアの魔法』の研究レポートを見るに、そのような『部分的な記憶消去』の魔法などは存在していない。 「ハルケギニア……面白い世界です。しばらく滞在してみましょう」 そう言えばユーゼスたちは今、何をやっているのだろうか……と、ネオ・グランゾンのレーダーを確認してみる。レーダーに反応するような兵器はハルケギニアに今のところビートル1機だけしかないので、補足は容易なのだ。 「おや?」 反応はあった。すぐ近くの上空だ。 ……しかし、その反応がやけに弱い。 ネオ・グランゾンの視線を動かして映像でビートルの様子を確認してみると、何だかフラついている。 「何かトラブルでもあったんでしょうかね? やっぱり未調整ですし」 「では、取りあえず連絡してみますか。……これもアフターサービスというやつです」 そして、シュウはチカに命じてビートルに通信を繋げさせた。 「ど、どうしたの、ユーゼス? 何だか、凄く顔色が悪いけど……」 「……くっ……、身体に……力が、入らない……?」 ユーゼスは、猛烈な疲労と脱力感とめまいに襲われていた。 事が済んで、後は戻るだけ……という段階になって、いきなり何だと言うのだろうか。 (このまま、気絶してしまうわけには……) 意識を失いでもしたら、ビートルは即座に墜落してしまう。 だが少しばかり気を張ったところで、この症状に抵抗が出来るとは思えない。 (どうすれば、いい……?) 遠くなりかけている意識を総動員して対策を考えるが、その思考も鈍っていた。 やむを得ないのでクロスゲート・パラダイム・システムを使うか、とユーゼスにしては短絡的な結論に行き着きかける。 その時、ビートルの通信機がピピピ、と電子音を発した。 「……む……?」 気だるい身体を動かして、通信機を操作するユーゼス。たったそれだけの動作が、今は酷く辛かった。 「……何、だ……?」 《やはりトラブルに見舞われていたようですね、ユーゼス・ゴッツォ》 「ミスタ・シラカワの声……? どういうマジックアイテムなの、これ?」 いきなりシュウの声が聞こえてきたので驚くエレオノール。だが、彼女の疑問を解消している余裕はユーゼスにはなかった。 「シュウ・シラカワ……、この症状に心当たりは……あるか?」 《……ジェットビートルの通信機は音声のみですので、そちらの様子は分かりません。口頭で説明していただけませんか?》 そして、ユーゼスは息も絶え絶えに自分の状態を説明した。 それを聞いたシュウはなるほど、と呟いてユーゼスが陥った状態を分析する。 《典型的なプラーナの使い過ぎですね》 「使い過ぎ、だと……?」 《ええ。未調整のプラーナコンバーターを行使したことにより、必要以上にプラーナを消費してしまったのでしょう。このままでは危険ですよ》 「……ぐ……」 何でもないことのように言うシュウに対して文句を言おうとしたが、その力もない。 そんな衰弱しているユーゼスに代わって、隣のエレオノールがシュウと話し始めた。 「危険ですよ、って……どうすればいいのよ!?」 《適切な処置をして、ゆっくりと休息を取れば大丈夫です。……まあ、簡単な応急処置の方法もありますが……》 「その『応急処置』っていうのは、どんなことなの!?」 《それは―――》 (…………っ、ぅ…………) エレオノールとユーゼスの会話が、途中で途切れる。 いや、会話自体は続いているのだが、気が遠くなってそれを聞き取れなくなったのだ。 いよいよもって、危なくなってきたらしい。 「ちょ、ちょ、ちょっと、それ以外に方法はないの!?」 《相応の設備がない以上、これしかありません》 「う……、うう~~~……」 再びエレオノールとシュウの声が聞こえ始めた。どうやらこの難聴の症状は断続的なもののようだ。 ……と、何か悩んだ様子のエレオノールが、ためらいながら自分をどかしてビートルの操縦癇に触り始めた。 「何を、している……?」 「……いいから、ちょっと黙ってなさい」 なぜか顔が赤いが、どうしたのだろうか。 《操縦桿に触りましたね? そこから『自分の中の何か』が吸われていく感覚がするでしょう。それがプラーナです。では、その流れを感じ取り、制御してください》 「簡単に言わないでよ、もう……!」 シュウから何かのレクチャーを受けるエレオノール。 そして彼女はそのまま目を閉じて集中を始めると、『これで良いのかしら』などと呟いてユーゼスに向き直った。 「…………?」 「……か、感謝しなさい。貴族にこんなことをされるなんて、普通は一生ないんだから」 どこかで聞いたようなセリフである。 続いて真っ赤な顔で『ちょっと目をつむってなさい』と言われたので、言われた通りに目を閉じていると……。 「んっ……」 「……んむ?」 唇に柔らかいものが触れる感触と、口内に空気が注がれる感触を同時に感じた。 「なっ……!!」 それに真っ先に反応したのは、やられたユーゼスではなく彼の主人であるルイズである。 『エクスプロージョン』を使用した反動なのか大きな疲労感に襲われ、後ろの座席でグッタリとしていたのだが、いきなりあんな光景を見せられてはグッタリなどしていられない。 「な、なななな、なん、なん、何をしてるんですかっ!? エ、エエエエレオノール姉さまっ!! い、い、いきなりなななな何をっ!!?」 「……応急処置よ、応急処置」 「はあ!?」 ワケが分からない。 どういうことだ、と更に姉を問い詰めようとしたら、『遠くの相手の声を伝えるマジックアイテム(ルイズは通信機についての説明を受けていない)』を通してシュウが説明した。 《ユーゼス・ゴッツォはプラーナを大量に消費し、危険な状態にありました。ですので、ミス・エレオノールのプラーナを彼に補給させたのです》 「補給!?」 《弱ったプラーナを補給するには、他者から口移しを行うのが最も手早い方法ですからね》 「……ふむ、確かに少し楽になったな」 ユーゼスは手を開いたり閉じたりして、自分の身体の状態を確かめた。どうやら先ほどまでよりは良好らしい。 ……なお、『プラーナを口移しされた』ことに対する動揺は見られなかった。 それに対して『プラーナを補給した』エレオノールはと言うと、 「ま、まったく……困ったものだわ」 そう言いながらも、少しボンヤリとしながら唇を指で撫でている。 ルイズはワナワナと震えながら文句の1つや2つや10や20も言いたいところだったが、『応急処置』という名目がある以上は下手に口出しは出来なかった。 なので、消極的な抗議を行う。 「…………なんで、姉さまがそれを?」 「だ、だって、あなたは『虚無』の魔法を使って疲れていたでしょう? そんな様子の妹に、応急処置なんて難しいことはさせられないわ」 「……………」 ジトーっと姉を軽く睨むルイズ。 そのままわずかな時間が流れると、ユーゼスがある異変に気付いた。 「……ミス・ヴァリエールの顔色が悪くなっているが」 「え?」 紅潮しているから少し分かりにくいが、確かに顔色が悪い。 《自分のプラーナをあなたに分け与えたのですからね。彼女のプラーナが不足するのは当然でしょう》 「……では、近くの安全な場所にビートルを着陸させるぞ。私に対しての本格的な治療も受けたいからな」 《ならば私も近くにいますので、そちらと合流しますよ》 シュウの言葉を聞いて、ビートルを動かすユーゼス。 ……このジェットビートルのこれからの取り扱いや、プラーナコンバーターの調整、今後のトリステインとアルビオンの動向、そして主人の『虚無』など、問題は山積みだ。 しかし、取りあえずの問題は……。 恥ずかしそうにチラチラとこちらに向けられるエレオノールの視線と、射殺さんばかりに向けられてくるルイズの視線の、相反する2つの視線に対してどのように対応するかである。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5882.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 (石で構成された、大学の講堂……というところか) 魔法学院の教室を見た、ユーゼスの感想はそれだった。 このような空間は、やはり自分に馴染みがある。 銀河連邦政府の科学アカデミーにいた頃は、必死になって講師の話を聞いたり、研究室にこもって大気浄化の研究に打ち込んだものだった。 こちらにチラチラと向けられてくる視線や、クスクスと聞こえてくる笑い声を無視しながら教室をざっと見回すと、ルイズやキュルケと同じく黒いマントを身に付けた生徒の横にさまざまな動物たちが見える。 六本足の爬虫類、宙に浮かぶ眼球、……あとは形容し難いが、魚類に触手が付随したようなモノ。 これらはおそらく、ハルケギニア独特の生物なのだろう。惑星や世界の違いによって、生態系や動植物の差異があるのは当然だ。 ユーゼスが注目したのは、フクロウ、ヘビ、カラス、猫などの地球と同じ生物である。 (……やはり地球との類似点が多いな) などと考えながら、ルイズが座る机の横の通路に座る。どうせ今回も『平民が貴族と同じ場所に座るんじゃないの』とか言われるに違いない。……事実、通路に座ったことに関してはルイズから何も言われなかった。 少し時間が経つと、扉が開き、紫色のローブと帽子を身に付けた中年の女性が入ってくる。 (あれが教師か?) 明らかに生徒と年齢層や服装が違うので、おそらくそうなのだろう。 中年の女性は教卓の前に立つと、教室をぐるりと見回して微笑む。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ。 ……おや?」 と、そこでシュヴルーズと名乗った女性はルイズとその横の床に座り込むユーゼスを見て、とぼけた声を上げた。 「変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 次の瞬間、教室中がどっと笑いに包まれる。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 「違うわ! きちんと召喚したもの! コイツが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』が出来なかったんだろう?」 「……っ、ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」 「『かぜっぴき』だと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 「アンタのガラガラ声は、まるで風邪でも引いたみたいなのよ!」 立ち上がって睨み合う、ルイズとマリコルヌと呼ばれた男子生徒。 (……私も人のことは言えないが、感情的になりやすいな、『御主人様』は) それだけ若いということか、と精神年齢70歳近くの使い魔は思う。 シュヴルーズはそんな二人の様子を見て、スッと小ぶりな杖を振ると、 ストンッ 「!」「!」 立っていたルイズとマリコルヌは、糸の切れた操り人形のようにいきなり席に座り込む。 (……何だ、今の現象は?) 普通に考えれば魔法の一種だろうが、どの系統のどのような魔法なのだろう。 身体の力が一瞬で抜けたように見えたが、身体に作用するのは―――確か『水』系統だったはずである。いや、もしかしたら自分の知らないコモンマジックなのか。 未知の物に接すると知的好奇心が湧いてくるユーゼスだったが、思考している内に、今度はルイズを笑う生徒の口に赤土の粘土が押し付けられる。 (……何もない空間から粘土を出したのか) もはや、いちいち驚くのも面倒になってきた。 「では、授業を始めますよ」 シュヴルーズが杖を振ると、教卓の上に小さな石が数個ほど出現する。 そして『土』系統の重要さとして、重要な金属の生成・加工、建築物の建造、農作物の収穫などに役立っていることを説明した。 (つまりこの世界の社会は、大前提として魔法ありきということだな) ルイズの部屋にあった本には、『魔法そのもの』についての詳細な説明や精神集中の方法などは書いてあったが、それがどのように活用されているのかは記述されていなかった。 「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である『錬金』の魔法をかけてもらいます。一年生のときに出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」 教卓の上の石に向かってシュヴルーズが杖を振り上げ、何やら短くブツブツと唱えると、その石が光りだす。 その光がおさまると、小さな石のはずだった物は、光る金属へと変貌していた。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 「違います。ただの真鍮です。……私はただの、トライアングルですから」 ユーゼスは頭を抱えた。 そんな使い魔の様子を見たルイズは、ブツブツと『炭をダイヤに変えるならともかく』とか『胴と亜鉛の合金』とか『単純な混合物ではなく化合反応』とか『元素そのものの変化』とか『そもそも石の構成物質は』とか―――とにかく、よく分からないことを言うユーゼスに対して、 (……変なヤツね) と、感想を抱く。 「それでは、皆さんの実力を見る意味も含めて『錬金』を実際にやってもらいましょう」 生徒たちの顔を見渡すシュヴルーズ。 「ではミス・ヴァリエール。先程の名誉挽回の機会ということで、あなたにお願いします」 「え? わたし?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 それを聞いた周囲の生徒たちに、ざわ、と警戒が広まった。 「ミセス・シュヴルーズ、危険です。やめといた方がいいと思います」 「どうしてですか?」 「……ミセス・シュヴルーズは、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています」 キュルケの警告をさらりと受け流し、シュヴルーズはルイズに『錬金』の実演を促す。 「さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」 ルイズは頷くと、立ち上がって教卓の前へと歩いていった。 「ルイズ、やめて!」 キュルケの静止も聞かず、ずんずんと進むルイズ。 そしてシュヴルーズの隣に到着すると、彼女と同じように杖を振り上げる。 そんなルイズの使い魔はと言うと、 (失敗するのだろうな) 主人の失敗を確信していた。 魔法の成功例がゼロだから『ゼロのルイズ』と呼ばれているということは、召喚されて間もなくの時点で悟っている。 しかし『錬金』に失敗すると、どのような結果になるのだろうか。 おそらく反応が中途半端な尻すぼみで終わるか、意図していたものとは全く別の物質が生成されるか、反応自体が起きないと推測されるのだが。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 頷くルイズ。 そして杖を振り上げ、呪文を唱え、同時に前の席の生徒は机の下に伏せ、 ドガァアアアアーーーーーーーーーーンンン!!!! 爆発が起きた。 爆風を受けて黒板に叩きつけられるルイズとシュヴルーズ。あがる悲鳴。散乱する破片。暴れだす使い魔たち。生徒たちから上がる非難の声。ちょっとしたパニックである。 そんなパニックの中心であるルイズは、ボロボロの格好で煤を払いつつ、 「ちょっと失敗したみたいね」 と言い放った。 「『ちょっと』じゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 即座に飛んでくる反撃の声。 ルイズはフン、とそっぽを向くと、元いた席に戻っていく。 『シュヴルーズ先生、気絶してるぞ…』、『おい、誰か他の先生呼んでこいよ』などとざわつく教室の中、ユーゼスは今の現象について考えていた。 (……『爆発』?) 爆発、と一口に言っても色々ある。 単純に急激な勢いで炎が発生することも爆発であるし、ニトログリセリンなどの爆発性物質が反応することも爆発、ガス爆発、水蒸気爆発、粉塵爆発、核爆発など、原因も種類も様々だ。 ではあの爆発はどれに類するのだろう、と思考を巡らせるが、 (……詳細が分からない) 至近距離、かつ超スローモーションでじっくり観察すればヒントくらいは得られるかも知れないが、そんな設備はハルケギニアにはない。 さすがに核爆発の可能性は薄いだろうから、おそらく『火』系統の要素が関係しているのでは……とユーゼスは取りあえず当たりをつけてみるが、それだって確証はほとんどない。状況による推測だけだ。 (…………不明な点が多すぎるな、この世界の『魔法』は) 無言で教室の後片付けをしたルイズとユーゼス。 しかし新品の窓ガラスの運搬、机の移動、教室の雑巾がけなど、実際はほとんどの労働をユーゼスが担当していた。ルイズは軽く机を拭いただけである。 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」 「体力も腕力もないのねー、アンタ」 「……元々はお前の責任だろう、御主人様。それに私の専門は肉体労働ではなく、頭脳労働だ」 それでなくとも、徹夜明けなのである。疲れるなと言う方に無理があった。 「はいはい。それじゃ食堂に行くわよ」 気が付けば、昼食の時間になっていた。 食堂に着くと、ルイズが座る椅子を引き、床に置かれたパンとスープを胃に入れる。 (何なのだ、この過酷な労働条件は……。……あるいは私への罰なのか、これは?) 確かに、自分は世界の因果律を束ね、人を超えた神の領域に踏み込もうとした。 そのために敵も味方も含めて、多くの人間の運命や人生を狂わせた。 災厄の種を過去に送り込み、世界の歴史を滅茶苦茶にもした。 部下を無理矢理に操って、自分の敵と戦わせたこともあった。 協力者を散々に利用してウルトラ族のデータの取得や、部下の強引な引き抜きを行い、用済みになったから見捨てたりもした。 良かれと思って大気浄化弾を独断で使い、その結果、レーダー網を全滅させてしまって地球壊滅の危機を起こしたりもした。 自分の複製を作り出し、その複製の人格を無視して、単なる道具や操り人形にしようともした。 (………………) 改めて自分のやってきた事をかえりみて、この程度で済んでいるのなら、むしろ楽なような気がしてくる。 と言うか、この程度のことが贖罪になるのなら『甘い』と言わざるを得ない。 それこそ世界を救う、くらいのことをしなければ釣り合いが取れないのではないか。 ……いや、仮に世界を救ったとしても、それで罪が消えるわけではない。 そもそも、『贖罪をしよう』という考え自体がおこがましいような気もする。 (考えても仕方がない、か) 食事を終え、外の広場の片隅でポツンと座り込みながら、ユーゼスはボンヤリとそんなことを思う。 そうしてボンヤリすること、しばし。 「も、申し訳ありませんっ!!」 「?」 聞き覚えのある声がしたので、そちらに目を向ける。 見ると、フリルのついたシャツを着た金髪の生徒に向かって、自分の洗濯を手伝ってくれたメイドの少女が何かを謝っている。 「いいかい? メイド君。僕は君が香水のビンをテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」 「お、お許しください……!」 (……階級社会の悪い面だな) とは言え、階級社会にもメリットはある。民主社会とは違って、責任の所在が明確なのだ。 民主社会では、議会や集団合議によって政策や物事への対応が決まるため、失敗しても『みんなが悪かった』で済ませることが多々ある。 逆にトップが明確な階級社会では、明確であるが故に、責任は全てトップの人間が取る。処刑や幽閉など、処罰の方法は様々だが。 だが支配階級と被支配階級の間には、当然のことながら意識の差が生まれ、『自分は支配する側で特別』、『自分は支配される側で価値がない』と刷り込みに近い思い込みが起きる。 このハルケギニアでは、『魔法が使える貴族』と『魔法が使えない平民』とで更にクッキリと線引きが行われているため、その傾向はより顕著なのだろう。 自分の主人があそこまで傲慢と言うか高飛車なのも、ある意味では仕方のないことと言える。何せそのような社会で生まれ、育ってきたのだから。 (社会構造がイビツではあるが、一応安定はしているようだし、このままでも良いのかも知れないがな) 『安定』と言うよりも『停滞』に近いが、別の世界の人間であるユーゼスにとっては重要視する部分ではない。 何よりも、貴族は元より、平民もそれで納得して……諦めている。 この世界はそういうものなのだ、とメイドを叱責する金髪貴族を見ながらユーゼスが得心していると、 「これだから平民は…………ん?」 「む?」 ふと視線を逸らしたその金髪貴族と、ユーゼスの視線が合った。 バッチリと。これ以上ないほど。運命的とも言える視線の合致率で。 「っ、何かね、君は!? こちらをジロジロと見て!!」 「…………」 厄介なことになった、とユーゼスは思った。 「貴族の話を座りながら聞くとは何事だ! こちらに来たまえ!!」 言われるがままに、金髪貴族の近くへと歩くユーゼス。こういう場合は、とりあえず従っておくことが正解と判断したのだ。 「まったく……! 平民というのは、どいつもこいつも無礼で短慮な奴らばかりだな!!」 えらい言われようである。しかし短慮という言葉が、自分にとって的を射ている気もするのが痛い。 取りあえず、一言詫びておこう。 「済まない、以後気をつける」 「……何だ、その言葉遣いは!? 君は貴族への礼儀や敬意も知らないのか!?」 ……逆に神経を逆撫でしてしまった。 そう言えば、最後に敬語を使ったのはいつだっただろうか。 仮面を被ってからは基本的に敬語など使った覚えはないが……。地球に来た時の挨拶に使ったような、使っていないような。 「ん? ……ああ、君は確か、あのゼロのルイズが呼び出した、平民だったな。…平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」 「……………」 ―――さすがに、今の言動は聞き逃せまい。 「……私への侮辱はともかく、主人への侮辱は取り消してもらいたいのだが」 「フン、平民が侮辱うんぬんを口にするとはな。それに、僕が忠告したにもかかわらず、その物言い…。やはり君は、貴族に対する『礼』を知らないようだな」 「?」 雲行きが怪しくなってきた。 「よかろう、君に礼儀を教えてやる。ちょうどいい腹ごなしだ」 立ち上がる金髪貴族。 「ヴェストリの広場で待っている。覚悟を決めたら、来たまえ」 「………」 立ち尽くすユーゼス。 一体、何が悪かったのだろうか。 「あ、あなた、殺されちゃう……」 そばにいたメイドは、震えながらユーゼスに向けてそんなことを言った。 「貴族を本気で怒らせたら……!」 ダッと駆けて逃げていくメイド。 意外と薄情だな、などとユーゼスは思ったが、先程の『貴族と平民の関係』の推察からするに、あれが正しい反応なのだろう。 ……さて、どうやら戦いになるようだが、メイジ相手にどう対処するべきだろうか……と考え込もうとすると、いつの間にか後ろにルイズがいた。 「アンタ! 何してんのよ! 見てたわよ!」 先程の金髪貴族に散々言われたので、貴族に対する『礼』とやらを実践してみることにする。 「これは御主人様、昼食はお済みで?」 「……なんか気持ち悪いから、口調は元に戻しなさい。 とにかく、なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!?」 「決闘? いつの間にそんな話になっていたのだ?」 少なくとも、先程の話に『決闘』など一言も出ていなかったが。 「貴族にとって、一対一で戦うことは『決闘』になるの! ……とにかく、謝っちゃいなさいよ。今なら許してくれるかもしれないわ」 「断わる」 ルイズの提案を、ユーゼスは即座に突っぱねた。 そんな使い魔に対し、ルイズはこめかみに指を当てながら、 「……あのね? 絶対に勝てないし、アンタは怪我するわ。いや、怪我で済んだら運が良いわよ!」 「だろうな」 あの金髪貴族が何系統のメイジかは知らないが、少なくとも生身で勝てる相手ではないだろう。 火系統のメイジだった場合は、身体の一部、あるいは全部が丸ごと炭化するかもしれない。 水系統のメイジだった場合は、身体の中―――心臓や脳など―――の『水』の流れを操作されれば即死である。 風系統のメイジだった場合は、出来るかどうかは分からないが、自分の周囲を真空状態にでもされれば、終わる。 土系統のメイジだった場合は、シュヴルーズがやったことの拡大発展型として、窒息させられる危険がある。 その他、自分が知らない魔法を使われる可能性も高い。 …平民がメイジに勝てない理由が、よく分かるというものである。 「だったら、何でそんなに意地を張るのよ!」 「挑戦する価値があるからだ」 「は?」 そう、自分はいつだって挑戦してきた。 大気の浄化。 ウルトラマンの力。 時空間の突破。 因果律の掌握。 そして、イングラム・プリスケンとガイアセイバーズ。 それは成功した時もあれば、失敗した時もある。 だから、自分は。 「私はこの世界に―――『魔法』に挑戦しよう」 「……っ、この、バカ!!」 主人の叫びに『もっともな意見だ』と呟きながら、ユーゼスはヴェストリの広場の場所を尋ねるのだった。 「諸君! 決闘だ!」 薔薇の造花をかかげる金髪貴族。それに呼応して、歓声が湧き上がる。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」 腕を振って応える金髪貴族―――ギーシュという名前であることを、ユーゼスは今更ながら知った。 そして、広場の中央で対峙するユーゼスとギーシュ。 「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」 「……性分なものでね」 「さてと、では始めるか」 ギーシュが開始の宣言を告げ、その手に持った薔薇の造花を振り、 「待ってもらおう」 振り切る前に、ユーゼスが制止の声をかけた。 「……何かね? 今更、命乞いは聞かんよ?」 「違う。メイジ相手に丸腰では、こちらが不利すぎる。武器を貰いたい」 ギーシュはその言葉に、ふむ、と頷く。 「確かに、僕と君の間には絶望的なまでの差があるだろうからな。それを武器で埋めようというわけか」 そしてあらためて薔薇の造花を振り、一枚の花びらが一本の剣に変化する。ギーシュはそれを掴むと、ユーゼスに無造作に投げてよこした。 「僕も無慈悲というわけではない。それは領民を預かる貴族にあるまじき行いだし、第一、一方的になぶるなど『決闘』とは言わないからな。……まあ、せいぜいそれで抵抗したまえ」 勝てるかどうかは別問題だが、と付け加えるギーシュ。 ユーゼスは地面に突き立った青銅の剣を抜くと、 「感謝する、貴族殿」 一言だけ礼を言い、じっと剣を見つめる。 (……あのシュヴルーズという教師が何もない空間から小石を出したのと、原理的には同じか) ということは、このギーシュという貴族は『土』系統と推測される。 (『真空』と『体内の水分操作』と『全身炭化』に比べれば、『窒息』はまだやりようがあるな) 剣を扱うにあたって『最適な身体の動かし方』が頭に浮かぶ。左手のルーンが光ることを確認し、剣の体感重量が軽くなったことを実感する。 ギーシュは再び薔薇を振るい、宙に舞った花びらが一枚、光り輝くと――― 「……何?」 女性をかたどった、直立する鎧となった。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「無い」 「けっこう。……おっと、言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュ・ド・グラモンだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」 (モビルドールのようなものか?) あれも無人で動くという点では同じである。 時間があればじっくり話を聞くなり研究したりしてみたいものだが、などとユーゼスが考えていると。 ビュッ! 「!」 青い鎧が、ユーゼスに殴りかかってくる。 ユーゼスは、それを割とギリギリで回避した。 「ほう、避けたか。口だけというわけでもないようだ!」 ブンブンと振るわれるワルキューレの拳。 危なっかしくも一つ一つそれを避け、ユーゼスはその拳に合わせてカウンター気味に斬りつける。 ガキャッ!! ギャリッ!! 首と右肩の関節部を狙った攻撃は、目論見どおりに成功した。ワルキューレの頭と腕がドサリと地面に落ち、続いて残った胴体も崩れる。 「―――!!」 驚愕するギーシュ。彼はギリ、と歯ぎしりすると、また薔薇を振るった。そして、今度は3体ワルキューレが現れる。 「…………」 対するユーゼスもまた、顔をしかめていた。 (……一体倒せば終わり、と考えていたのだが……) そう甘くはないらしい。 加えて、手に持つ剣は盛大に刃こぼれしている。青銅の剣で青銅の鎧を切ったのだから、当然ではあるが。 (……長引きそうだな) 繰り返すが、ユーゼス・ゴッツォは元々、肉体を行使して戦う人間ではない。 加えて、昨夜の徹夜や、昼食前の教室の片付けなどで、かなり体力を消耗している。 ルーンの効力で肉体能力と反応速度が上昇してはいるが、元々の基本値が低いのである。 加えてギーシュのワルキューレの特徴や動きをいちいち分析しながら戦って―――感情よりも理性を優先しているため、今ひとつ感情の振れ幅が増大しない。 ……実を言うと、簡単に解決する方法はある。 方法その一。クロスゲート・パラダイム・システムを使い、因果律を操作して敵の存在を抹消する。 ―――却下。そこまでする必要はないし、そもそも自分は、そんな下らないことのためにコレを開発したのではない。 方法その二。超神形態に変身する。 ―――論外。ロウソクの火を消すのに、ダムを開放するようなものである。 よって、自分の肉体と、自分に与えられたルーン、そして自分の頭脳で何とかするしかない。 だが、この状況では頭脳はあまり当てにならないだろう。そもそも自分は『研究者』であって、戦術や戦略、ついでに権謀術数などはからっきしだ。もしそれらが使えたら、トレーズ・クシュリナーダを誘ったりはしなかった。彼には勧誘を断わられたが。 ギーシュ・ド・グラモンの方も、少し引きつってはいても笑みすら浮かべているが、内心では焦りを感じていた。 自分の予定では、ワルキューレを一体出して、適当にこの生意気な平民を痛めつけた後、『心からの謝罪の言葉』を引き出し、貴族の威光を知らしめる―――と、このようになっていたのだが、実際はかなり手こずっている。 それにワルキューレの複数同時操作は、正直言って難しいのである。 これが単純な『全て突撃せよ』とか、『散らばれ』とかであれば簡単なのだが、一体一体バラバラに攻撃を加えたり、単一の敵に対して連携をとらせるなどの操作は、かなりの高等テクニックなのだ。 ……実を言うと、簡単に解決する方法はある。 自分の能力の限界である、残り3体のワルキューレも総動員して、6体であの平民を攻撃するのだ。 (……ふざけるな) あれが自分のワルキューレを一瞬で倒すほどの達人であるとか、怪力の持ち主、亜人などの類ならばともかく、ただの平民にそこまでするのは貴族としてのプライドと、何よりもギーシュ・ド・グラモンとしてのプライドが許さない。 よって、ワルキューレを状況に応じて小出しに繰り出すしかない。 だが、それでこの相手に勝てるかどうか―――となると、また怪しくなってくるのだが。 決闘開始より、十分経過。 ガキィン!! ギンッ!! 「そこだ、やれー、ギーシュ!」 「なに平民を相手にチンタラやってるんだー!?」 決闘開始より、二十分経過。 「……フッ、まさかここまでやるとは思わなかったよ、平民くん……!」 「っ、更に3体繰り出してきただと……」 「………」 「あれ、タバサ、どこに行くの?」 「授業」 「……ギーシュの決闘がまだ続いてるけど……」 「遅れる」 「あ、ちょっと、タバサ! ……ま、いっか。あたしも飽きてきたし」 「俺たちも行こうぜ」 「そうだな」 「……行かないの、モンモランシー?」 「…………あなただって残ってるじゃないの、ルイズ」 決闘開始より、三十分経過。 「はぁ、はぁ……。ま、まずは……、誉め、よう。はぁ、ここまでメイジに、楯突く平民が、はぁ、いることに、素直に感激、しよう、はぁ」 息も絶え絶えに、ギーシュがユーゼスに賞賛の言葉を送る。 既にワルキューレは7体全てが全滅しており、精神力も限界に近い。 「ゼェ、ゼェ……。……光栄だな、ゼェ、貴族殿」 激しく乱れた呼吸で、それに応えるユーゼス。 体力は既に限界ギリギリであり、その手に持つ剣は中ほどから折れている。 ちなみに周囲にいたギャラリーは既に、ルイズと、この決闘の原因の一つとなった(ユーゼスはそのことを全く知らないが)モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシの二人しかいない。 「だが、勝つのは……僕だ!」 ビュッ 薔薇が振るわれ、花びらが舞う。 そして青銅の戦乙女が現れ、主人の敵へと突撃していった。 「……っ、が……!!」 ギーシュの精神力が、完全に底をつく。 一瞬でも気を抜けばすぐに気絶することは間違いないが、ハッキリ言って、ギーシュはプライドだけで辛うじて意識を保っていた。 「どうかな……!?」 目の前の敵より与えられた青銅の剣は、折れてはいるが『剣』としての機能はまだ生きている。 自分の体力の消耗具合、上昇した身体能力などを考えるに、おそらく渾身の攻撃を一度放てば、それで限界だろう。 どうやら向こうも相当に辛い様子であるし、今自分に向かっている一体を倒せば、それで終わる可能性が高い。 ユーゼスは一歩を踏み出し、主に忠実なゴーレムを迎え撃つ。 そして、 ガキャァアアアアアアアアアンン!! 青銅同士が、激しくぶつかり合う音が響く。 ユーゼスの剣は、柄から綺麗に折れた。 ワルキューレは、肩口から腰まで折れた剣を食い込ませていた。 「……………」 「―――――」 この騒動の発端時と同じように、視線を交差させる二人。 「……名前を、聞いておこう……平民、くん」 「ユーゼス・ゴッツォ……だ。ギーシュ……ド、グラ……モン」 「お、おぼえて……おこ……」 ドシャアッ! ズシャンッ! ユーゼスはうつ伏せに、ギーシュは仰向けにその場に倒れ込む。 その様子を見た二人の少女は、それぞれ自分が向かうべき者へと向かって駆け出していくのだった。 「……なんか、『伝説の使い魔』にしては、あんまりパッとせんのう」 「……そうですな」 トリステイン魔法学院の学院長であるオールド・オスマンと、教師であるジャン・コルベールは、落胆に近い感想を漏らす。 学院一の劣等生、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが召喚した平民の使い魔が、始祖ブリミルの使い魔である『ガンダールヴ』かも知れない……という情報が入ったところに、実にタイミングよくその平民の男と、一番レベルの低い『ドット』クラスではあるがれっきとしたメイジが戦うという報告が入った。 見極める良い機会だ、ということで『遠見の鏡』を使ってその戦いの様子を見ていたのだが、その結果は引き分けである。 「……どう判断したものでしょうか」 「う~む……。ミスタ・コルベール、あの男は、本当にただの人間だったのかね?」 「はい。どこからどう見ても、ただの平民の男でした。ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため『ディテクト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘、ただの平民の男でした」 着ている服は我々のものとは違いますが、これは文化性の違いでしょうな―――と付け加えるコルベール。 「……あの程度のメイジなら、一瞬で倒せるであろう平民を知っておるがなぁ、私は」 「確かに、優秀な兵士ならば可能でしょうな」 オスマンは『うむ』と頷くと、あらためてコルベールに向き直る。 「で、どうしようかの?」 「仮にあの男が伝説の使い魔『ガンダールヴ』だとして、それほど驚異的な力を持っているわけではないようですからなぁ」 「伝説というものは、大抵が誇張されるもんじゃしの。 ……それに、その『伝説』をミス・ヴァリエールという、おせじにも有能とは言えないメイジが召喚した……というのも引っ掛かる。 ……王室に相談して、指示を仰ぐという君のアイディアは、とりあえず見送ることにしようか」 「……そうですな。不明なものを不明なまま丸投げするというのは、私としても不本意ですし」 二人はふう、と息をつく。 「そう言えばこの学院の卒業生でもあるんじゃが、そのミス・ヴァリエールの姉上は、アカデミーに勤めとるんじゃったか」 「おお、忘れておりました。しかし姉のコネを使えるとは言え、いくら何でも自分の使い魔をいきなりアカデミーに連れていくような真似はしないでしょう、さすがに」 「実験動物のような扱いをされるのは目に見えとるしのう、ハッハッハ」 「せっかく苦労して召喚した使い魔に、いきなりそんなそんなことをするわけがありませんよねぇ、ハッハッハ」 彼らは、ユーゼスがルイズに語った『希少価値のある実験動物の扱い方』を、知らなかった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5968.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ユーゼス・ゴッツォがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールによってハルケギニアに召喚され、使い魔として契約してから一週間ほど経過した。 その間、刻まれたルーンを分析したり、字を覚えたり、御主人様を着替えさせたり、魔法に関しての本を読んだり、何かとんでもないゲートの反応を検知したり、御主人様の下着を洗濯したり、御主人様の魔法を拝見したり、貴族と決闘したり、筋肉痛に苦しんだり、超神形態に変身したり、何故か出現したアインストと戦ったりしたが、また新たな事態が発生するようだった。 「アカデミーにいるエレオノール姉さまから、連絡が来たわ」 「ほう」 一週間程度で返答が来るとは、どうやらルイズはかなり早い段階で連絡を取ってくれたらしい。 「えっと、……あー、ここは飛ばして、と……」 「?」 冒頭の部分には『いきなり連絡してくるんじゃないの』とか『私だって忙しいんだから』とか書いてあったのだが、主人の威厳を保つためにも、ルイズはその部分を意図的にカットする。 「こほん。……これによると、今度の虚無の曜日に姉さまが予定を空けてくれたから、昼頃に来なさい、だそうよ」 「虚無の曜日―――明日か」 「まあ、変に間隔を空けるよりはいいんじゃないの? それと……」 ルイズがジロジロとユーゼスの全身を見て、その後で納得したように頷く。 「うん。やっぱり、アンタに剣を買ってあげる」 「剣だと?」 あれだけ自分が筋肉痛で苦しんだ様子を見ているはずなのに、この少女は何を言っているのだろう……と、実際に声には出していないが、ユーゼスの表情が雄弁に語っているのを見て、ルイズはその理由を説明し始めた。 「いい? 確かに、アンタはギーシュと……確か30分くらい戦って、それで引き分けたわ」 「その通りだ」 「つまり、マトモに戦ったら『ドット』クラスのメイジ一人くらいなら、互角程度には戦えるのよ。 ……正直、戦力としてはあんまり大したことないけど、わたしの使い魔なんだから最低限の戦力は持っててもらわないと」 この際だから体力のなさや筋肉痛には目をつぶるわ、と付け足して、ルイズはフフンと得意げな顔をする。 その理屈自体はユーゼスも納得するのだが。 「しかし、良いのか?」 「何がよ?」 「御主人様は、私に関しての出費は最低限に抑えると考えていたのだが」 それを聞いて、ジトッとした目でルイズはユーゼスを睨んだ。 「……アンタ、わたしを何だと思ってるのよ? 使い魔に贅沢させたら、クセになるでしょ。必要なものはキチンと買うわ。 わたしは別にケチじゃないのよ」 「分かった」 「じゃ、サッサと寝なさい。明日は早いんだから」 「では、お言葉に甘えさせてもらおう」 ワラ束の上に横になるユーゼス。さすがに一週間もすれば、この寝床にも慣れてくる。 そして20分ほど経過し、ユーゼスは浅めの睡眠に入った。 ルイズとユーゼスの静かな寝息が、部屋の中に小さく響く。 と、いきなりルイズの目がパチリと開き、 「……ユーゼス、もう寝た?」 眠りの中にいる使い魔に、小さな声で問いかける。 「……………」 返答がないことを確認すると、ルイズはムクッと起き上がって、そろりそろりとユーゼスが寝ている横に移動する。 そして、横になって眠っているユーゼスへと手を伸ばし――― その傍らに置いてある、ユーゼスが作成したレポートを手に取った。 そして『ハルケギニアにおける魔法についての考察・第一稿』と書かれたそれを、音を立てないように持ち出して、こっそりと自分のカバンに入れる。 「……ふふふ」 ユーゼスは、これを『専門家にはとても見せられない』と言っていた。……この理屈や理論を重視する男がそう言うのだから、それは本当にそうなのだろう。 ならば、このレポートをアカデミーの主席研究員である自分の姉に見せたらどうなるか……。 「……ふふふ」 おそらく、姉は物凄い剣幕でこのレポートの矛盾点や考察の甘い点、間違っている点、不明点などを指摘しまくることだろう。 そうすれば、いつも超然としているこの使い魔も、うろたえたり焦ったり困ったりするに違いない。 「ちょっとかわいそうな気もするけど……」 何せこの使い魔は、主人に対してほとんど弱みらしい弱みを見せないのだ。 体力がない、というのも弱みと言えば弱みだが、本人はそれを恥じている様子がない。 ならば、自分の得意分野で叩き潰されれば―――と、ちょっとしたイタズラ心がルイズに芽生えてしまったのである。 「……エレオノール姉さまにキツく言われるのは、わたしも散々に味わってきたことだし、主人と苦しみを分かち合うのも悪くはないわよね」 つまり、ルイズはただ、ユーゼスの困った顔が見てみたいだけなのであった。 「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。つ、辛く、険しい、ゼェ、道のり、だったな……、ゼェ……」 「………辛くて、険しかったのは! ぜぇ~んぶ! ア・ン・タ・の・せ・い・で・しょ~~!!」 着ている白衣はボロボロ、銀色の長髪はバサバサ、しかも疲労困憊のユーゼス・ゴッツォ。 そんな彼の主人は、顔をヒクつかせながらコメカミに血管を浮かせて使い魔のふがいなさに呆れていた。 「落馬が未遂も含めて14回、それから馬に乗ること自体に失敗したのが7回、あさっての方向に馬を走らせたのが9回、暴走させたのが3回! ここまで乗馬が下手なヤツなんて見たことがないわ!!」 「……暴走は4回だ」 「うるっさいわね! ……それと何よ、その手に持ってる棒は?」 ユーゼスは、両手で自分の身長の五分の四ほどの長さの木の棒を持っていた。……と言うより、地面に突き立てていた。 「道端に落ちていたのを拾った。杖の代わりだ」 「杖? メイジでもないアンタが、そんなの持ってどうするのよ?」 「……これを支えにしないと立てないのでな」 「…………………………」 ここで、現在のユーゼスの状況を簡単に説明しておく。 まず、手綱を握り続けていたので手が痛い。 次に、落馬しないよう力を入れていたので脚が痛い。 ついでに、長時間に渡って揺られ続けていたので腰が痛い。 最後に、神経をすり減らしすぎたので精神的にも厳しかった。 「って言うかね、魔法学院から城下町まで、普通なら馬で3時間もかからないってのに、なんで4時間半もかかってんのよ!?」 「私の乗馬技術が著しく低いからだな」 「冷静に切り返してるんじゃなぁ~いっ!!」 だんだんとユーゼスに対応しているルイズの方が、ゼェゼェと息を切らし始めてしまう。 「……とにかく! まずアンタの身なりを整えて、それから適当な水の秘薬でも買ってシャキッとさせるのが先決ね!」 「…別にそこまでしてもらう必要はないと思うが」 その言葉を聞いて、ルイズはキッとユーゼスを睨みつける。 「いい? これからわたしたちが会うエレオノール姉さまはね、『貴族の面子(メンツ)』とか『見栄え』とか『権威』とか、そういうのを何よりも大事にしてるの。 ……まあ、これはハルケギニアの貴族のほとんどに共通してるんだけどね」 (随分と下らないことに―――いや、私も昔は似たようなものだったな) 因果律に関しての研究を始める前までは、自分も『名声』や『才能を示すこと』を求めていたことを思い出す。 「で、貴族の『格』っていうのはね、『来客のもてなし』とか、『連れてる使用人の質』とかでも決まるのよ」 「ほう」 使用人に教育が行き届いている、使用人の着ているもの一つ取っても違う―――など、そういうことだろうか。 「……ここまで言ったら、もう分かるわよね?」 「つまり、今の私の身なりはその『格』に満たない、と」 「そういうこと。……じゃ、行くわよ」 そうして、プンスカ怒る桃髪のメイジとボロボロの使い魔は、トリステイン城下町の大通り―――ブルドンネ街を歩いていく。 30分が経過し、髪を整え、白衣を新調して、更に水の秘薬を一ビン飲み干して体調も万全に整えたユーゼス。 彼は『ああもう、なんでこんなにムダな出費を……』とブツブツ愚痴る(出費について軽く感謝の言葉は述べた)御主人様と共に、トリスタニアの西の端にある王室直属の魔法研究機関、通称『アカデミー』へと向かっていた。 「気をつけなさいよ、スリが多いんだから! アンタ、内ポケットに入れてる財布は大丈夫でしょうね?」 主人は財布なんか持たないわ、とユーゼスはルイズに財布を丸ごと預けられていた。かなり問題のあるやり方だとは思うが、経験上、下手に口出しをしてはいけないことは分かっているので、口出しはしない。 それよりも、ギッシリと詰まった金貨がズッシリと重く、ドッシリと存在を主張するので、ビッシリと詰まった人混みに揉まれて落ちないように、手でガッシリと持たなければならないことの方が問題だ。 「出るのか、スリが?」 「それなりにはね。魔法を使われたら一発よ」 「『念力』か」 あまりにもストレートなネーミングだったので、ユーゼスが大して見向きもしなかったコモン・マジックである。 「しかし、貴族がスリなどするのか?」 「トリステインの貴族は全員がメイジだけど、メイジの全てが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりね。 まあ、貴族は全体の人口の一割もいないし、そう溢れかえってるってわけでもないんだけど」 「成程」 どうやら、単純に『メイジが絶対階級』というわけでもないようだ。 まあ、メイジも平民と同じく転べば痛いし血も出るし、風邪だって引くだろうし、死ぬ時は死ぬだろう。 それでも『魔法』というアドバンテージはやはり大きいな、などと考えている内に、 「着いたわ、ここがアカデミーよ」 魔法学院にある塔より若干規模が大きい塔に到着した。 ルイズは入り口に立つ衛兵の所にタタタ、と小走りに駆けていくと、姉の所在を尋ねる。 「失礼致します。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申しますが、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールはおりますでしょうか?」 (……やたらと長い名前だな) 暗記するだけで一苦労しそうだ、などと思いつつ、ユーゼスは事の成り行きを見守ることに徹した。 「ああ、ミス・ヴァリエールのご親族の方ですね。少々お待ちください」 衛兵は入り口の近くにいる係官と思しき女性に声をかけ、その係官が建物の奥に引っ込む。 「ただいま、ミス・ヴァリエールをお呼びしておりますので、そのままでお待ちください」 「はい」 そうして待つこと、約5分ほど。 木で出来た正面の扉がギギギ、と開き、中から見事に美しい金髪の持ち主である女性が現れた。 年齢は20代後半ほど。今の自分の外見年齢と同程度だろうか。 顔立ちはルイズに似ているが、年上であることと、眼鏡をかけているせいでかなり理知的に見える。 『可愛い』ではなく『綺麗』という言葉がしっくりくるような、掛け値なしの美人である。 ……そして何より、目がキツく、ルイズがそれこそ可愛く見えそうなほど、かなり気が強そうだった。 女性は長く美しい金髪をわずかに揺らしながら、ツカツカと無言でルイズに向かって歩いていく。 そしてルイズの前でピタリと止まると、 「お、お久しぶりです、エレオノ、ふぁいだだだっ!!」 いきなり右手で妹の頬をつねり上げた。 「……ルイズ、確か私はあなたに宛てた手紙に『昼頃に来なさい』と書いたわね?」 「ふぁ、ふぁい」 「じゃあ、今は何時かしら?」 「に、にじふぁんしゅぎれす(訳:に、2時半過ぎです)」 「そうね、世間一般ではそのくらいの時間を『昼頃』ではなく『昼過ぎ』と言うのよ、ちびルイズ?」 ぎゅぅぅううう~、と強く妹の頬をつねる姉―――エレオノール。 痛がりながらも『ひゅ、ひゅいまひぇん、ねえひゃま~』と姉に謝る妹―――ルイズ。 (……あれがこの姉妹なりのコミュニケーションなのだろうか。しかし……) 極端に扱いにくそうな女だ。 それがユーゼス・ゴッツォの、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに対する第一印象だった。 「れ、れも、おきゅれたのは、しょこの、ちゅかいまのせいなんれすけろ……(訳:で、でも、遅れたのは、そこの、使い魔のせいなんですけど……)」 「アンタね、使い魔の監督なんて、メイジの初歩でしょう、初歩!」 (……よくアレで通じるな) 頬をつねられたまま喋るルイズの言葉を、正確に把握して応答するエレオノールに、ユーゼスは感心する。 一方、その頬をつねられているルイズはと言うと。 (い、痛い、ほっぺたが痛い……。な、なんとか話題を変えないと……。 ……あ、そうだ!) さすがにつねられ続けるのは辛いので、(ルイズ的に)起死回生の一手を繰り出す決意をしていた。 「ね、ねえひゃま。えりぇおのーりゅねえひゃま(訳:ね、姉さま。エレオノール姉さま)」 「なに?」 「ご、ごきょんやきゅ、おみぇでとうごじゃいまひゅ(訳:ご、ご婚約、おめでとうございます)」 それを聞いたエレオノールの眉と目はますます吊り上がり、空いていた左手も動員して、両手でルイズの両頬をつねり上げる。 「あいだ! ほわだ! でえざば! どぼじで!(訳:姉さま! どうして!) あいだだだっだ!」 上、下、奥、前、ぐるぐる回す。 頬をつねるのにも色々とバリエーションがあるのだな、とユーゼスは無駄な知識を増やしていく。 「……あなた、知らないの? って言うか、知ってて言ってるわね?」 「わちゃひ、にゃんにもふぃりまふぇん!(訳:わたし、何にも知りません!)」 「婚約は解消よ! か・い・しょ・う!」 「にゃ、にゃにゆえにっ!?(訳:な、なにゆえにっ!?)」 「さあ? バーガンディ伯爵さまに聞いて頂戴。なんでも『もう限界』だそうよ。どうしてなのかしら!」 (……お可哀相なバーガンディ伯爵……) ルイズには、名前しか知らないバーガンディ伯爵の気持ちが痛いほど分かった。と言うか、現在進行形で痛いのだが。 お試し期間の半同棲生活みたいなものだったらしいが、何せこの姉と四六時中一緒にいて、寝食を共にし、あまつさえそれが一生続くのである。 むしろ、よく持った方だと言えるかもしれない。 ……そのとばっちりが自分に降りかかるのは、ハッキリ言って迷惑以外の何物でもなかったが。 ちなみに、そんな妹の内心など露知らず、頬をつねり続けている姉は、心中穏やかではなかった。 (ぐ、ぬぅ……) エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは、ルイズよりも11歳ほど年上、つまり御年27歳である。 27歳。 30歳へのカウントダウンだとか、ハルケギニア的な結婚適齢期をブッチ切っているとか、体力的な衰えが微妙に見え始めたとか、27歳でその胸のサイズはちょっと……とか、それはともかく。 今、問題とするべきは、彼女がつねっている妹の頬―――いや、もっと正確に言うならば。 (こ、この肌……!!) そう、この妹の『肌』である。 最近、エレオノールは化粧のノリが悪い。 ―――いや、実を言えば、自覚はあるのだ。 自分はいわゆる『お肌の曲がり角』というものをギャリギャリと突破し、今まさに下り坂を突き進んでいる、と。 (それでも、それでも、っ……!!) そのみずみずしさ、うるおい、ツヤ、張り、キメ、加えてつねる指をはね返す弾力。 ……全てが、かつて自分が持っていて、そして失ってしまったものだ。 気がつけば、頬を触ったときの感触が『プニッ』から『ペタッ』へ、そして『カサッ』へと変わっていった。 気がつけば、入浴した時に肌がお湯を弾かなくなっていた。 気がつけば、自分の顔から輝きが薄れ、今ではボンヤリとしかその面影が見えなくなってしまった。 無論、エレオノールとて、ただ黙ってその魔の手にかかったわけではない。 食事は脂ものを控え、味付けは薄めに、野菜は多めにとったり。 甘いものは実は大好きだが、まさに断腸の思いでそれを断ったり。 小瓶一つで10エキューする水の秘薬を購入して、朝と入浴後には毎日欠かさず肌に水分を与えたり。 太陽にはなるべく当たらないように過ごしたり(ハルケギニアの人間に『紫外線』という概念は無い)。 適度な運動を欠かさず行ったり。 母親から、肌の手入れのためのマッサージ法を伝授してもらったり。 ストレスは溜めずに過ご―――したいのだが、どうも自分はストレスを感じやすい。何故だろうか。 睡眠はたっぷりと取―――りたいのだが、研究職に就いている以上、2日や3日の徹夜はザラである。これはどうにもならない。 ……職場で鏡を見ながら『あら、ニキビが出来ちゃったわ』と言ったら、新人の女性研究員から『ミス・ヴァリエール、ニキビはある程度の年齢を過ぎたら“吹き出物”って言うんですよ』と言われた時は、ソイツを絞め殺してやろうかと思ったが、鋼の精神でどうにか耐えた。 ―――本当は、分かっている。 失ってしまったものは……若さという輝きは、もう……二度と戻っては来ないのだと。 しかし、それを求めてしまうのは…………人間のサガ、というモノなのだろうか? (若さって、何かしら……) ユーゼスのかつての友人ならば、その問いに『振り向かないことさ!』、あるいは『あきらめないことさ!』などと答えるのだろうが、あいにくとエレオノールにそんな友人はいなかった。 (フフフ、でも今に見ていなさい、ルイズ……。あなたもいずれ私と同じ年齢になる……。そうすれば、この苦悩も……) なお、ルイズが27歳になるということは、11年ほど経過する、ということである。 (……く、苦悩も……) もし、11年経過したとしたら。 (……理解が……出来て……) つまり、自分の年齢は――――― (―――――そんな未来の話は、どうでもいいわね) エレオノールは速やかに思考を切り替えると、妹の頬をつねっていた両手をパッと離すのだった。 「あうっ!」 つねられていた手をいきなり離されて、その反動でルイズの身体がドサッと地面に倒れる。 それと同時に、バサバサバサ、とルイズの鞄の中に入っていた紙の束が散乱した。 「あら? それは……?」 「……む」 エレオノールとユーゼスの表情が変わる。 前者は少し興味深げに、後者は『余計なことを』とでも言いたげな顔だった。 エレオノールは地面に広がった紙を一つ一つ拾い上げると、その題名に目を通す。 「『魔法についての考察』? これはあなたが―――いえ、字が違うわね。ルイズ、誰が書いたの?」 「そ、そこにいる、わたしの使い魔です……」 赤く腫れた頬を撫でさすりながら、ルイズはユーゼスの方を見た。エレオノールもそれにならってユーゼスを見るが、すぐにレポートへと視線を移す。 「ふ……ん、ふん……」 素早く眼球を動かし、レポートを読み上げていくエレオノール。 「……ここで読むのも何だから、中に入りなさい」 そして、片手にユーゼスのレポートを持ったエレオノールの先導に従い、ルイズはおずおずと、ユーゼスは特に感慨もなくアカデミーの中へと入っていった。 二人は、エレオノールの研究室に通された。 さすがに主席研究員、しかも名門貴族の長姉ともなれば、専用の研究室程度は持っていて当然らしい。 デスクに座ったエレオノールがペラリと紙をめくる音が時折響き、その途中、 「……ルイズの使い魔の平民、私の質問に答えなさい」 少々厳しい目つきで、ユーゼスに質問が投げかけられる。 「何だ?」 ユーゼスとしても拒否する理由はないので、逆らわずに答えることにした。 (……うふふ、来た来た……) ルイズにとっては、待っていた瞬間でもある。これで『しどろもどろになるユーゼス』という、珍しい光景も見れるだろう。 そしてそれを見た自分は言うのだ、『アンタの研究なんて、大したことないじゃない』と。 ……言う、はずだったのだが。 「この水……『ブンシ』? というのは何?」 「霧や湯気などをよく観察すると、細かい粒子状になっているだろう。あれの粒の一つ一つだと思えばいい。……厳密に言うとかなり違うのだがな」 「『サンソ』というのは?」 「……一概には言えないが、空気中に存在している『火が発生することにおいて必要な要素』と捉えてくれ」 「『キアツ』について」 「読んで字のごとく、『空気の圧力』だ。……確か、風の魔法に真空を利用した攻撃があったと思ったが、気圧についての研究はされていないのか?」 「……『空気に圧力がある』って考え自体がないのよ」 「成程」 「『物質のユウテン』は? これを見ると、いつの間にか勝手に数字が設定されているようだけれど」 「『融点』は、『物質が熱によって溶解を始める温度』だ。 数字については、水が沸騰する温度を100℃、水が凍り始める温度を0℃としている」 「……それだと、『水が凍り始める温度』より低くなった場合、どうするの?」 「その場合はマイナス10℃、マイナス100℃―――となる」 「ふぅ、ん……」 (……あ、あれ?) 何だか、ルイズが想像していた結果とは、かなり違ってしまった。 困惑するルイズをよそに、エレオノールは一旦ユーゼスのレポートを読むことを切り上げる。 「ルイズ」 「は、はい!?」 「あなたの手紙には、『“サモン・サーヴァント”で平民の使い魔を召喚してしまった。軽くで構わないので調査して欲しい』と書いてあったわね?」 「そ、その通りです」 「………」 ユーゼスの目の前まで歩くエレオノール。 そして指揮棒のような杖を取り出すと、短くルーンを呟き、光の粉をユーゼスに振りまいた。 「あの、姉さま、『ディテクト・マジック』なら、魔法学院の教師の方が……」 「あなたは黙ってなさい」 「はい……」 言われた通りに、ルイズは黙りこくる。……心なしか、小さな背丈が更に縮んでしまったように見えた。 そしてエレオノールは、集中してユーゼスの解析結果を分析する。 (この平民自体には、魔法的な要素は見当たらない……。強いて言うなら使い魔のルーンが反応しているくらいだけど、それでも特におかしい点は……。 ……………あら?) かすかな、本当にかすかな違和感を感じる。 例えるなら全く同じワインを飲んで、産地も、出荷された年も、作った人間も、醸造した場所も、入っていたタルも、入れられた瓶も、保温条件も、飲むためのグラスも、そのグラスへの注ぎ方も、ワインの温度も、飲むタイミングに至るまで同じはずなのに、それでも感じてしまうほどの微妙な違い。 (……?) エレオノールはそこまで超人的に繊細な味覚を持っているわけではなかったが、そんな違和感を覚えてしまった。 ……おそらく、並のメイジではスクウェアクラスであろうとこれを感じることは出来まい。 このアカデミーの研究員として数え切れないほど―――魔法学院に入学する前から通算すれば、最低でも6桁には届いているという確信がある―――『ディテクト・マジック』をかけてきた自分だからこそ判別できるほどの、それだけかすかな違和感。 それは、この平民の上半身―――頭部から感じる。 「じっとしていなさい」 「む?」 ガシ、とエレオノールはユーゼスの頭を両手で掴み、更に『ディテクト・マジック』をかけた。 「……っ」 ―――やはり、ほんのわずかな違和感を感じるが、その正体が分からない。 頭を切開してみるか、という考えが浮かんだが、『人間の使い魔』などという前例のないモノを、迂闊なことで失うわけにはいかない。 ……何より、妹の使い魔にそんなことは出来ない。 そして、その調べられている対象のユーゼスは、 (……『正体不明のエネルギーが干渉している』、か。律儀に警告を送ってくるとはな) 脳内のクロスゲート・パラダイム・システムから発信される信号を、顔は無表情のまま、内心で苦笑しつつキャッチしていた。 おそらくこのルイズの姉は、システムが発した警告信号を、魔法的な信号として捉えてしまったのだろう。 機械的な信号まで把握が出来るとは、正直そこまでの繊細さがあるとは思わなかった。 ……しかし、ナノチップサイズであるが故に、その信号も極めて微小。 よって、その正体を看破することは出来ないのである。 (コルベールという教師は、このような反応を示さなかったが……。これはこの女が優秀なためか?) 召喚されて間もなく『ディテクト・マジック』をかけた禿げた頭の中年教師を思い出し、エレオノールと比較する。 これにより、ユーゼスの中で、“『ディテクト・マジック』に関してはエレオノール>コルベール”という図式が出来上がった。 エレオノールはしばらくユーゼスの頭を掴んでいたが、やがて手を離し、あらためてルイズに問いかける。 「……ルイズ、あなたはこのレポートを見た?」 「い、いいえ、見てませんけど」 「…………この平民が、魔法の研究をしていることは知っていて?」 「はい。召喚されたその日に、わたしの部屋の本を読んでました。あ、わたしの隣で授業も聞いてます」 「………………それに関して、あなたの感想は?」 「変な平民だな、って……」 「……………………この平民を、アカデミーに連れて来ようと思ったのはあなたの判断?」 「? いいえ、ユーゼスが自分から『連絡して欲しい』って言ったので……」 「………………………………はぁ」 エレオノールは小さく、しかし深いため息をついた。 どうやら自分の妹は、召喚した使い魔がかなり『特殊』であることに、ほとんど気付いていないらしい。 頭にある微細な反応はともかくとして、使い魔の普段の行いをほとんど重要視していないようである。 一応、普段この使い魔にどのようなことをさせているのかを聞いてみると、 「えっと、部屋の掃除とか、洗濯とか、着替えの手伝いとか、その他にも雑用とか……」 ……この使い魔に対しては、小間使い程度の認識しか持っていないことが判明した。 (そんなだから『ゼロ』なのよ、まったく……) 魔法が使える、使えない以前の問題のような気もするが、とにかく呆れるしかない。 ふぅ、と息をもう一度吐いて、エレオノールはルイズに確認と指示を行う。 「……この使い魔を召喚したのは、1週間ほど前ね?」 「その通りです、姉さま」 「たしか、魔法学院には使い魔を召喚して2週間ほどしたら、その使い魔の品評会があったはずよね?」 「はい」 「辞退しなさい」 「はい……って、ええっ!!?」 ルイズはいきなりの姉の指示に、鳶色の目を見開いて驚いた。 「な、何でですか!? それは、平民の使い魔なんて、恥ずかしくってとても出せたものじゃありませんけど! あの品評会はアンリエッタ姫殿下もお越しになられる、由緒正しい伝統行事なんですよ!?」 (……『とても出せたものではない』などと、本人の前で言うことではないと思うが) 無論、ユーゼスは無言のままである。 「も、もしかして、ヴァリエール公爵家の恥になるから、とかですか……!? で、でも、それだったら品評会に出席しないことの方が、恥に……」 「……いいから、とにかく辞退すること! いいわね!?」 「あの、その、でも……」 「返事は!?」 「はっ、はいぃ!!」 「よろしい」 エレオノールは眼鏡をクイっと指で上げると、ユーゼスの方を見る。 実を言うと、『使い魔品評会』とは『使い魔を見る』ことが目的ではなく『その年のメイジを見る』ことの方に重きを置いている。 『使い魔を見るにはメイジを見ろ』という言葉にもあるように、召喚した使い魔とそれを使いこなしているかどうかを観察し、その年のメイジの出来具合を調査するのである。 ゲルマニアやガリアなど、外国からの留学生も珍しくないトリステイン魔法学院であるから、その意味合いは容易に察することが出来るだろう。 しかし、ルイズの場合はその使い魔が特殊すぎている。好奇の目で見られるのは避けられないだろうし、下手をしたら本当に解剖させられかねない。 そして何より、ルイズが言った『アンリエッタ姫殿下もお越しになる』というのが重要だ。 この使い魔の正体も判明していない今の状態で、王室に直接―――あの『鳥の骨』こと宰相マザリーニの目に触れさせるのは、危険すぎる。 何しろ、父であるヴァリエール公爵が「あの男にだけは気を許すな。下手に手も出すな。なるべくなら関わるな」と言うほどの人物である。 そんな男の前で、もし迂闊にもこの論文の発表などをやられていたら……。 (……少なくとも、ロクなことにはならないでしょうね……) 気付かぬ内に息を呑むエレオノール。 そして、初めてまともにユーゼスを―――『ただの平民』や『妹の使い魔』ではなく、ユーゼス個人に注目する。 わずかにウェーブがかかっているが、基本はストレートの銀色の長髪。 切れ長の目。 顔は……まあ、美形とまではいかないまでも、整っている方である。 問題はその人間性なのだが、これがどうにも掴みにくい。 表情はほとんど動かないし、口調も平坦。強いて言うなら、時たま興味がありそうな目をこちらに向けてくることくらいか。 研究熱心な人間だということはレポートを流し見ただけでも分かるが、研究者にも色々とタイプがある。 社会や世界に貢献しようとする者、役に立とうが立つまいが自分の研究にひたすら没頭する者、周囲の迷惑を顧みない者、目的のためには手段を選ばない者、世界を自分の思い通りにしようとする者……。 実際、ユーゼスは上記に挙げられたタイプの中に当てはまっていたのだが、それをエレオノールが知る術はない。 とにかく、これだけは言える。 ……腹に一物か二物くらいはありそうな男だわ。 それがエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールの、ユーゼス・ゴッツォに対する第一印象だった。 自分を値踏みするような視線を向けてくるエレオノールに対して、ユーゼスは逆に感心していた。 (……私の特異性に気付いたか) 先程の会話にあった『使い魔の品評会』。あれはおそらく、使い魔を通して次世代のメイジの実力を見極めることが目的なのだろう。 メイジがその国における特権階級ならば、メイジの力は国力と少なからず関係があることは容易に想像が出来る。 しかもこの国の王族までが出席するとなれば、自分の存在をさらすのは、かなりのリスクになり得る。 自分の知識のみならず、ルーンの特殊性まで発覚するような事態になり、更にもし『実験動物』の何たるかを理解していない輩がいたら、それこそ自分はバラバラに解剖されかねない。 仮にそんな事態にでもなれば、自分は即座に『この世界』から脱出するつもりだが……。 ……まあ、今のところはその様子もないようだ。 「では、この簡易論文は、こちらで預からせてもらうわ」 エレオノールが、相変わらず突き放すような口調で告げる。 「……本来なら、まだ専門家に見せられるような段階ではないのだがな」 「着眼点が今までにない……そう、斬新なものなんだから、こちらでも吟味する価値はあるでしょう。 そうね……、添削した上で不明点や疑問点をまとめて、あとで魔法学院に送り返しましょうか」 (……そこまでしてくれるとは) 下手をすると、異端扱いされるかもしれないと予想していたのだが。 「あとは……、この題材のレベルなら……」 もう一度ペラペラとレポートを流し見て、エレオノールは何かを考え込む。 「少し待っていなさい」 一言だけ言うと、研究室からどこかへと消えていくヴァリエール家の長女。 そして10分と少々経過した頃に、彼女は分厚い本を3冊ほど抱えて戻ってきた。 それをユーゼスに手渡し、 「これを読んで、その内容から読み取れる考察を私に送りなさい。……期限は特に設けないけど、なるべく早くに。いいわね?」 少々高圧的に命じる。 「承知した」 ユーゼスは腕に伝わる魔法の専門書―――ルイズの部屋にある物より難しそうな―――の重さに、その顔を少しだけしかめながら、『主人の姉』ではなく、『優秀な研究員』に対して了承の意を伝えた。 「そうだわ、ついでにルーンのスケッチも取らせてもらうから」 「………」 これには少々、躊躇いを覚える。 コルベール曰く『珍しいルーン』であり、自分に『武器や兵器の使い方を判別させる』、『感情に比例して身体能力を向上させる』などの特殊能力を付与させたモノ。 アカデミーであれば、このルーンの『能力』だけではなく『意味』のようなものも調査してくれるかも知れない。 だが、それでは自分の特異性をますます際立たせるだけなのではないか……とも考えてしまう。 しかし、差し当たって断わる理由も見当たらない。 よってユーゼスは、黙って自分の左手に刻まれているルーンをエレオノールに差し出すのだった。 「よし、と」 ルーンのスケッチが終わった。 これで本日のアカデミーに対する用事は、全て終了したことになる。 特に御主人様の『余計なお節介』(ユーゼスは本当にルイズが親切心から自分のレポートを持ってきたと思っている)が功を奏して、研究資料を提供してもらうことが出来たのは幸運としか言えない。 しかも、わざわざ自分のレポートに関してアカデミーの主席研究員が意見してくれると言うのだから、これはもう望外の事態である。 (これも因果律の成せる業か……) どうも自分に都合が良すぎる展開だが、それならばそれで存分に利用させてもらうまでだ。 「ああ、そうだわ」 と、そこでエレオノールが何かに気付いて、またユーゼスに向き直った。 「平民、あなたの名前を聞いていなかったわね。教えなさい」 「……ユーゼス・ゴッツォだ、ミス・ヴァリエール」 「―――その無礼な喋り方、次に会う時までには直しておきなさい。……次に会うのがいつになるかは知らないけれど」 「考えておこう」 別れ際に自己紹介を行う、という奇妙なやりとりの後で、ルイズとユーゼスはアカデミーを後にした。 再びブルドンネ街に出る、主人と使い魔。 「次は武器屋だったな。……どうした御主人様、様子がおかしいようだが」 次の目的地へ移動しようとしたところに、苦虫を噛み潰したような表情のルイズが目に入ったので、ユーゼスは声をかけてみた。 (何か嫌なことでもあったのだろうか) 思春期の少女の思考パターンなど、ハッキリ言って全く分からないが、とりあえずここは声をかけてみるべきかと判断したのである。 すると、 「っ、なんでっ!」 今までで最も強烈な視線で睨まれた。 ……よく見ると、その瞳には薄っすらと涙も浮かんでいる。 「……なんで、平民で、私の使い魔のアンタがっ! エレオノール姉さまと、あんなに……あんなにっ!!」 「………」 鬱屈した物を吐き出すように、途切れ途切れに言うルイズ。 「わたしっ、わたしにだって、姉さまは、あんな……風にはっ、ア、アンタもまったく、物怖じしないでっ……!」 ユーゼスに対する嫉妬や羨望、自分自身に対する焦燥や不甲斐なさ、姉から感じた自分に対する呆れや落胆―――その他にも今までに散々『ゼロ』と呼ばれて蔑まれ続けてきたことのコンプレックス、いくら頑張っても実らない努力へのぶつけようのない怒りなど、様々な感情が一気に噴き出していた。 ―――その彼女の感情を、一言で集約すると。 「なんで、わたしは認められないのに、アンタが認められるのよ!!」 人通りの多い場所だというのに、そんなことには頓着もせずルイズは叫んだ。 ……結局は、そこに行き着くことになるのである。 そんなルイズの悲痛な叫びに対し、ユーゼスはやはり感情のこもらない声で答えた。 「どう答えて欲しい?」 「……え?」 「『いつかは認められる』、『理解者がきっと現れる』、『何かの拍子に魔法が使えるようになるかもしれない』、『一緒に頑張ろう』、『努力すれば道は拓ける』、『すまない』、『お前には無理だ』、『所詮“ゼロ”は“ゼロ”に過ぎない』、『私には何も言えない』―――簡単に思い付くのはこのくらいか。 どれが望みだ?」 「なっ……」 ルイズは絶句した。 「ただ単純に慰めて欲しいだけか? それならば、そのようにするが」 「バッ、バカにしないで! 誰がそんなこと!!」 「そうだろうな。中途半端な慰めなど、逆効果にしかならない」 『認められない悔しさ』も、『冷笑される屈辱』も、『理解してもらえない苦悩』も、『自分という存在を超えるモノに対する嫉妬』も、『卑小な自分自身に対する怒り』も、全てユーゼスは味わってきた。 だから、ルイズの気持ちは少なからず理解が出来る。 しかし、共感は出来ない。 「……私に感情をぶつけるだけぶつけて、それだけか? 『貴様』の底が知れるな、『御主人様』」 「なん、なんですって……!?」 皮肉も込めて、『貴様』という罵りの意味を含めた呼び方と、『御主人様』という敬った呼び方を混同する。 「『貴様』が今やっていることは、子供がただ泣き喚いていることと大差がない。 私という存在が現れて、それが自分の自意識や存在理由、居場所を脅かす。 ……成程、確かに大事件だが、『貴様』はそれに対してただそうやって私に叫ぶだけか?」 「………っ」 「私を始末するなり、論文を燃やそうとするなり……、……実る保証などどこにもないが、それこそ自分自身で努力するなりしないのか?」 自分はやった。 40年―――自分の半生を懸けて、クロスゲート・パラダイム・システムを完成させた。 ウルトラマンの力を手に入れるために、非人道的なことにも手を染めた。 身近な邪魔者は、ことごとく排除した。ある組織も乗っ取った。 だと言うのに、この目の前の少女は。 「足掻きもせずに、ただ不満を吐露するだけ。 ……こんな『御主人様』に当たるとは、これは『ハズレを引いてしまったな』」 「……っ、っ!!」 召喚されたその日にルイズから言われたセリフを、そのまま引用して彼女に突き返す。 ……ギリ、と歯と歯がこすれる音がルイズから聞こえた。 そして、再びユーゼスを睨むと、 「うる……っ、うるさいわねっ!!」 噛み付くように叫びを上げる。 「わたしが、このわたしが『ハズレ』ですって!?」 「違うのか? 世間からは『ゼロ』呼ばわりされて、姉には全く頭が上がらず、あげくの果てにはこの体たらくだが」 「い、い、言ったわね、この……!!」 感情のままに杖を振り上げるルイズ。 だが、感情とは別の『理性』が、そんな彼女に警告を放つ。 ―――ここでこの使い魔を攻撃しても、それはコイツの言葉を肯定するだけだ。 ―――自分のこの気持ちを晴らすには、この使い魔を、 「……そうね、分かったわ」 杖を下ろす。 引きつった笑みを浮かべつつ、感情の爆発を抑えながらルイズは言葉をつむぐ。 「認めてあげる。今は……今は、たしかにアンタの言う通りよ。でもね……!」 「でも、何だ?」 「……いつか、そう遠くない将来に、……絶対、絶対、絶対、アンタを屈服させてやるんだから!!!」 睨みを利かせ、涙をにじませながら、御主人様は使い魔に宣言した。 「―――『お前』に対して、その手の期待はしないでおくよ、御主人様」 「フンッ、今はせいぜい得意になって浮かれて自惚れてるがいいわ!」 ユーゼスは内心で少しだけ笑うと、敵意むき出しの主人に連れられて大通りを歩いていく。 差し当たって、次の目的地は武器屋である。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6443.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 チカは恐怖していた。 「ああ、シュウ、シュウ~!」 戻って来た主人がマチルダを抱えていて、彼女が眠りから覚醒するや否や、半裸で自分の主人に迫り出したから……ではない。 「下品ですよ、ミス・マチルダ」 それに対して、相変わらず極めてクールに対処している自分の主人に……でもない。 「やん、そんな『ミス』なんて他人行儀な呼び方はしないで、『マチルダ』って呼び捨てにしておくれよぉ……」 「では今後はマチルダと。 ……マチルダ。あなたも一応は私と同じ年齢なのですから、いくら惚れ薬で我を見失っているとは言え、もう少し慎みや品性という物を持つべきです」 『今のシュウとマチルダのやりとりを、ティファニアに報告しなくてはならない』という事実に対する恐怖である。 取りあえず、いくつかの報告のパターンをざっと脳内でシミュレーションしてみる。 ケース1、前回のように『ありのまま起こったことのみ』を報告した場合 「ほう……へえ……ふぅん……マチルダ姉さんが……そうなんだぁ……。 ……それでチカちゃんは、どうしてそれをただ黙って見てた『だけ』だったの? ウェストウッド村の風紀を守るために、シュウさんの健全な人生のために、命をかけてマチルダ姉さんを阻止するべきだったんじゃないかしら? …………仕方ないなあ。今後はこんなことがないように、しっかりチカちゃんの身体に教え込んでおかないと…………」 (い、言えねぇえええええええ~~!!) チカの脳裏に、先日行われた『ちょっと強めの確認』の記憶がフラッシュバックする。 詳しい描写は避けるが、アレ以来、チカはロウソクに対して軽いトラウマを抱くようになってしまったのだ。 やはり、もっと別の方法で報告するべきだろう。 ケース2、嘘を並べ立てた場合 「チカちゃん、今の話は嘘でしょう? え、全部本当ですって? ……それも嘘ね。だってチカちゃん、嘘をつくときはやたらと口が回るんだもの。視線も泳いでるし。 ―――それで? 本当のところはどうなの? ……まあ、マチルダ姉さんが? シュウさんに? …………どうしてチカちゃんは、そんな大事なことを嘘をついてまで隠そうとしたのかしら? 困ったなあ。それじゃチカちゃんがこれから嘘なんてつかないように、ちゃんと躾けておかなきゃ…………」 (駄目だぁあああああああ~~!!) ああ見えてティファニアは、なかなか人間に対しての観察眼が鋭いのである。 ハーフエルフという身の上である以上、周囲を警戒しながら生きていかなくてはならなかったため、ある意味では仕方がないとも言えるのだが……。 ならば、もう開き直って正直に話すしかないのだろうか。 ケース3、『惚れ薬を飲んでしまった』という事実を交えて話した場合 「えっ、姉さんが惚れ薬を!? そ、それで、姉さんは……そう、ちゃんと元に戻ったのね。よかった……。 ……でも、半裸で? シュウさんに? 迫った? あのマチルダ姉さんが? ……そう言えば『惚れ薬』って、一説によると自分の秘めてる愛情をあらわにする効果があるって話よね……。 …………それじゃチカちゃん、今後も『監視』をよろしくね♪」 (う、うーむ、これが最も無難と言えば、無難かなぁ……) 実際にはこのシミュレーション通りに会話が進む保障などは何も無いのであるが、やはり『詳細な背景を交えて話す』のが一番だろう。余計な誤解も生みにくいだろうし。 (まあ、しっかし……) 「……なら、慎みとか品性を持ったら、優しくしてくれるのかい?」 「少なくとも『一人の女性』として扱うことは、お約束しましょう」 (……御主人様は、こういう風に『後で振り返ってみればどうとも取れる表現』ばっかりしてるから、色々と問題を起こすんだろうなぁ……) ざっと思い返してみても、そういうやり取りに心当たりが多すぎる。 「何を復活させる気か知らねえが、生けにえが必要なんだったら、まずてめえがそれになれってんだ!!」 「フフフ……それは言い得て妙ですね。その言葉、覚えておきましょう……」 とか。 「シュウ! ようやく本性を現しやがったな!」 「本性……? いったいあなたは私の何を知っているというのです?」 「何……!?」 「本当の私は、あなたが知っている私ではないかも知れませんよ」 とか。 「ゼロは俺に貴様の死を見せてくれている……」 「フッ……、未来というものは自らの手で変えるために存在しているのですよ」 とか、ダカールでロンド・ベル隊と戦った時だけでもこれだけあるのだ。 ……もっとも、あの時はバリバリにヴォルクルスの支配下にあった頃なのだから、意図的にそういう傾向の発言をしていた節があるのだが……。 「じゃあシュウ様ぁ、私と一緒に寝てくださいぃ。何でしたらそのまま朝までぇ……」 「……言葉遣いだけを丁寧にすれば良いという物ではないのですが……。それと、最低でもそのはだけた服は直すようにしてください」 「うふふ、やだ、シュウ様ったら脱がせるのがお好みなんですねぇ? 分かりましたぁ~」 「…………怒りますよ、マチルダ?」 「あうっ……、その射抜くような眼光もステキですぅ……」 (ま、今のマチルダ様とか、サフィーネ様やモニカ様みたいな相手には、そういうのも通じないか) やっぱりこういう回りくどいミステリアスなキャラには、ストレートな単純キャラや天然キャラの方が攻略には向いてるのかもなぁ……などと思うチカであった。 「……じゃあ、私たちもルイズを寝かせましょうか」 「そうだな」 エレオノールとユーゼスも、ユーゼスの背中に張り付かせたままで隣のルイズの部屋に移動してルイズを寝かせようとしたのだが、やはりそこでも悶着が起きた。 まず魔法学院の制服を脱がせて寝具のネグリジェに着替える時点で、 「ユーゼスぅ、着替えさせてぇ~♪」 と、猫なで声でルイズが言ってきたのである。 ユーゼスはその要請を特に躊躇も疑問もなく行おうとしたら、いきなりエレオノールに頬をつねられた。 「いきなり何をしようとしてるの、あなたは!」 「……ここ最近はしていなかったが、召喚されてからしばらくの間は御主人様の着替えは私が行っていたぞ」 「…………金輪際、絶対に、二度とやらないでちょうだい」 かくして、ルイズの着替えはエレオノールが強引に行うことで何とかなった。 そして次に就寝時。 「一緒に寝て♪」 少し眠そうな瞳で、ルイズはユーゼスに『お願い』する。 「……それは断る、と前々から言っていたはずだが」 「イヤぁ! ユーゼスが一緒に寝てくれなきゃ、わたし、絶対寝ないんだからぁ~!」 さすがにゲンナリし始めるユーゼスだったが、やはりここでもエレオノールがルイズを叱りつけた。 「ああもう、ルイズ! 仮にも結婚もしていないレディが、男と一緒のベッドで寝て良いわけがないでしょうっ!!」 「……わたし、ユーゼスと結婚するからいいんだもん」 「なっ……!!」 いきなり妹の口から爆弾発言が飛び出したので、絶句するエレオノール。 だが『これは惚れ薬のせい、惚れ薬のせい、ルイズはそれほど悪くないわ』と自分にムリヤリ言い聞かせて冷静さを保とうとする。 「何にせよ、ユーゼスと一緒に寝るなんて駄目よ、駄目! 絶対!!」 「ふんだ。いいもん、姉さまが何と言おうと、わたしはユーゼスと一緒に寝るんだもん」 ルイズはグイッとユーゼスの右腕を引き、エレオノールは負けじとグイッとユーゼスの左腕を引いた。 「……人の腕を、両側から引き合わないで欲しいのだが……」 ユーゼスが漏らした呟きは、ヴァリエール姉妹には届かない。 そのままグイグイとユーゼスの腕を引っ張り合うこと、しばし。 ラチが明かないと判断したエレオノールは、パッとユーゼスの腕を離す。 「うふふ、エレオノール姉さまがユーゼスの腕を離したわ。そしてわたしは掴んだまま。……じゃあユーゼスはもう、わたしだけのモノってことで良いんですよね?」 「……勝手にそんなことを決めないでちょうだい」 そう言うと、エレオノールは目を閉じて黙考し、逡巡し始めた。 「……うぅ、でも……この場合は、仕方なく……」 やがて意を決したのか、カッと目を見開き、顔を真っ赤にして言葉を震わせながら宣言する。 「わ、わわ、わわわわわ私も一緒に寝るわ!!」 「ええっ!?」 「何?」 これにはルイズだけでなく、ユーゼスも驚いた。 「一応、『何故』と聞いておこう」 当然の質問を放つユーゼス。それにエレオノールはぎこちない口調で答える。 「ど、どうせ、ルイズをムリヤリ寝かせて、あなたを隣の研究室で寝かせても、夜中に忍び込む可能性が高いだろうし、だ、だったら……始めから私が、あ、間に入って、監視しておけば、安心でしょう!」 「むう……」 まあ確かに、今のルイズと二人きりになるのは身の危険を感じる。 ここはエレオノールに防波堤になってもらうのがベターな方法だろう。 「むぅ~、邪魔しないでください、姉さま!」 「……私はあなたのためにやってるのよ、このちびルイズ!」 ぎゅううぅ~、とルイズの頬をつねり上げるエレオノール。 その後もルイズは盛大に不満をアピールしていたが、モンモランシーが作った睡眠導入用ポーションを大量に使用して強引に眠らせることで対処した。 なお、このポーションはあくまで『睡眠導入用』であり、バッチリ覚醒している人間に対して使っても『少し眠くなる』程度の効果しか望めない。 だが、今のルイズのように『既にある程度眠くなっている』人間に対して一定以上の量を使用すれば、ほとんど即効性の睡眠薬と変わらない効果が見込めるのである。 「では、眠るか」 「そ、そうね。……着替えてくるから、少し待っていてくれるかしら」 「分かった。その間に御主人様はベッドに寝かせておこう」 「……変なことしてたら、殺すわよ?」 「するつもりなど無いよ」 ユーゼスの言葉に納得したのか、エレオノールは素早く自分の部屋に戻っていく。 そしてルイズを部屋のベッドに横たえさせて、待つこと30分。 (……この部屋からミス・ヴァリエールが間借りしている部屋までは、往復しても10分もかからないはずなのだが……。いくら何でも遅すぎるな……) 彼女は一体、20分以上も何をしているのだろうか。 やることが無いのでルイズが何かしでかさないよう、予備のシーツでグルグル巻きにしてもまだエレオノールが来ず、いい加減にユーゼスが待ちくたびれた頃……。 薄いピンク色のネグリジェを着込み、枕を持参したエレオノールはやって来た。 「ま、ま、待たせたわね……」 「ああ、待たされたな」 エレオノールはギクシャクとぎこちない動作でルイズの隣に横になり、更にぎこちない口調でユーゼスを自分の隣に促す。 「さっさささ、さあ、とととっとっととっとっ……とっとと、横になりなさいっ」 「……緊張しすぎではないか?」 「んなっ、そんなっ、ききき緊張なんて、してるワケ、ないでしょうっ!!」 「……まあ、睡眠さえ取れれば私は別に構わないが……」 ガチガチのエレオノールを横目に、ユーゼスは割とスムーズにルイズのベッドに入る。 「そ、それじゃ……お、おお、お休みなさい」 「慌ただしい一日だったからな。……睡眠は十分に取れ、ミス・ヴァリエール」 かくして、この夜はルイズ:エレオノール:ユーゼスという並びで眠りについた。 ……なお、あらためて『ユーゼスと同じベッドで一緒に寝ている』という現在のシチュエーションを意識しまくったエレオノールは、緊張やら興奮やらで、睡眠導入剤を使ってもほとんど効果がなく、この夜を眠れずに過ごすことになる。 ちなみに、密かにユーゼスも少しだけ寝つきが悪かったりしたのだが……。 ……それが久し振りにベッドで睡眠を取ったからなのか、隣にエレオノールがいたからなのかは、定かではない。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7956.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ラ・ヴァリエールに帰省したルイズが家族への挨拶を済ませ、ユーゼスに命じて荷物を自分の部屋まで運ばせた後。 (初心に戻ろう) 部屋で一人になって、最初に思ったことがそれだった。 さまざまな事件や戦争、自分の置かれた立場の変化などが怒涛のように押し寄せてきたのですっかり忘れていたが、元々自分は立派なメイジに、そして立派な貴族になりたかったのだ。 ついでにユーゼスも見返したい。 いや、見返すと言うよりは認めさせると言うか、悔しがらせると言うか。 アレが姉とくっつくかどうかはまだよく分からないが、最終的には『御主人様を選んでおけばよかったか』くらいは思わせてやらないと気が済まない。 (そう言えばわたし、前はユーゼスのことを屈服させるとか言ってたっけ) ……まあ、これもある意味では屈服みたいなものか。 だったらあの頃の自分のためにも、ここは自分を磨く努力をしなくてはなるまい。 「さて」 そんなわけで、特訓である。 修行と言い換えてもいい。 ……だが、あいにくと自分の系統は『虚無』。 『火』、『水』、『土』、『風』のような通常の系統とは、呪文も性質も精神力の使い方も違うときた。 つまり普通のメイジみたいな修行方法は意味がない。 って言うか、そんな修行は『虚無』に目覚める前にさんざんやり尽くしていた。結果もさんざんだったが。 と、なると。 「自己流でやるしかないってことになるんだけど……」 手っ取り早いのは『虚無』の呪文を色々と試してみるということだが、デルフリンガー曰く、その呪文が書かれている始祖の祈祷書は『必要があれば読める』らしい。 つまりそれは『必要にならないと読めない』ということであって。 「……必要な時って、どんな時よ?」 何だそりゃって感じである。 『虚無』を大っぴらに知らしめるわけにいかないというのはルイズにも分かるが、ちょっと不親切すぎやしないだろうか。 普通はまず『手段』が最初にあって、それを『状況』に応じて使い分けるはず。 なのにこの祈祷書だと『状況』が最初にあって、それに応じて『手段』を提示されるという形になっている。 最初から何でも出来る方がいいに決まってるのに、どうしてそうしなかったのだろう。 この本を書いた始祖ブリミルって、もしかしてバカなんじゃないのか。 わたしの先祖なのに。 ……いや、わたしの先祖だからバカなのか。 …………まあいいや、うん。 「とにかく、よ」 新しい呪文が期待出来ない以上、今ある呪文に磨きをかけるしかない。 『エクスプロージョン』と『ディスペル』。 この二つのうち、汎用性が高いのは『エクスプロージョン』だろう。 『ディスペル』の方には魔法を無効化するという対メイジ戦においては反則みたいな効果があるが、逆に言うとこれは『魔法を使う相手』がいないと意味がない。 つまり使う場面が多いのは『エクスプロージョン』ということになる。 「うーん」 で、使うのはいいのだが、問題はその使い方だ。 一番最初にタルブで使った時みたいに全力で放出するのは、賢い使い方とは言えないだろう。 そして、あの時にアルビオン艦隊を壊滅させた時の『エクスプロージョン』は人の身体には何の影響も与えず、艦隊を炎上させ、艦に積んでいた風石を消滅させたという。 自分では特にそういうことを意識したつもりはないのだが、とにかくあの魔法は攻撃対象の取捨選択が出来るようだ。 これらの点を踏まえた上で、自分が目指すべき『エクスプロージョン』の使い方は、 「出来るだけ少ない精神力になるように節約して、自分の意思で攻撃したいものだけを攻撃する……ってところかしら」 こういうことになるだろう。 そんな結論に至った翌日、ルイズは一人で中庭に来ていた。 昔は落ち込んだり泣きたいことがあったら、よくこの中庭にある池で小船に乗ってひとしきり泣いたものだったが、今は泣くために来たのではない。 修行のために来たのだ。 ……ちなみにユーゼスに声をかけていないのは、何となく声をかけたくなかったからである。 「よいしょ」 ルイズは持って来た鞄を開け、中に入っていた白い紙の束から10枚ほどを取り出した。 その中の1枚を無造作に取り出すと、何回か折り目をつける。 折り目をつけた紙を広げてまた10枚の紙の中に戻すと、それを適当な地面の上に置き、風で飛ばされないようその辺に転がっていた赤い石で重しをする。 そして詠唱。 「エルオー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」 で、発動。 一瞬、チカッと10枚の紙が……もっと正確に言うと10枚の中の1枚が光る。 重ねた紙の中にある1枚だけが光るというのも、何だか変な光景だった。 「それで、どうなってるのかしら……と」 ルイズは重しがわりの赤い石をどけて紙をまとめて手に取り、その枚数を数えた。 1、2、3、4、5、6、7、8、9、……9枚。 折り目を付けたはずの紙だけが、きれいさっぱり無くなっている。 いや、自分が消滅させたのだ。 「なるほど」 対象の取捨選択というのは、こんな感じか。 今は『折り目をつけた紙だけを消滅させる』ことをやってみたが、逆に『折り目をつけた紙だけを残す』ことだって出来るだろう。 「初歩の初歩の初歩ってだけあって、応用範囲が広いみたいね。 あ、そう言えば……」 ルイズは始祖の祈祷書の前文に“『虚無』は系統魔法が干渉する小さな粒よりも、もっと小さな粒に干渉する”とか書かれていたことを思い出す。 と言うことは、やろうと思えば砂粒よりもずっとずっと小さく、目に見えないほど微細な傷とかを付けることも出来るのだろうか。 「ふぅん?」 何だか面白くなってきた。 こんなにやる気が出てきたのはいつ以来だろうか。 ―――なお、これはルイズ自身も気付いてはいないのだが。 生まれてからつい最近まで一つの魔法もロクに扱えず、『ゼロ』と呼ばれ続けてきたルイズにとって、これは初めての『まともな魔法の修行』であり。 そんな少女にとって『自分の魔法』をアレコレと実際に試し、試行錯誤することの出来るこの時間は、この上なく充実した瞬間でもあった。 「よぉし、目標はユーゼスを驚かせることよっ!」 高いのか低いのか判断のつきにくい目標を掲げ、ルイズは修行に勤しむのだった。 一方その頃。 ルイズの使い魔は、主人の次姉の肌をまさぐっていた。 「んっ……」 「…………ふむ」 キメが細かく染みの一つもない綺麗な背中を撫でさすり、銀髪の男は神妙な顔をする。 ユーゼスも週に二回の診察を繰り返すうち、耳を直接肌につけなくとも心拍の様子が分かるようになってきていた。 「それにしても驚いちゃいました。ルイズったら、この前に見たときと全然雰囲気が違っているんですもの。どこのレディかと思っちゃったくらい」 「そうか? 私にはよく分からんが」 今では診察中に、こんな世間話すら出来るほどである。 「……ユーゼスさん。ルイズと何かありました?」 平静な様子で尋ねるカトレア。 若干妙なニュアンスが含まれているようにも感じたが、気のせいか……などと思いつつ、ユーゼスもまた平静に受け答えをする。 「いや、特にない」 「じゃあ気付いたこととか」 「そうだな……酷く落ち込んでいて、つい最近それから立ち直ったことくらいだな。何に落ち込んで、どうやって立ち直ったのかまでは知らないが」 「ふぅん……」 するとカトレアは、どういうわけか全く違う角度からユーゼスに質問をぶつけた。 「それじゃあ、エレオノール姉さまとは何かありましたか?」 「む」 「あら、どうしました?」 「……なぜそこでエレオノールの名前が出る?」 「何となく、です。 それで、どうなんですか?」 ヴァリエール家次女は肌をさらし、かつ触れられつつも、その触れている男に対して追及の手を緩めようとしない。 そう言えば、以前には自分とエレオノールとの間にあったことを根掘り葉掘り聞こうとしていた。 あの時は確か『エレオノールを名前で呼ぶようになった』あたりで終わっていたが、もしかしたらこの診察が終わったらその続きを要求されるのだろうか。 まあ、何にせよ、問われたからには答えねばなるまい。 ―――エレオノールと何かあったか。 賊に襲われそうになったところに乱入したりだとか、触れられそうになったりしたら非常に不愉快になったりだとかはあった。 とは言え、彼女との間に何かあったかと聞かれると……。 「具体的には何もないな」 「…………。そうですか、『具体的には』何もなかったんですね?」 「うむ」 「なら、いいです」 何だろう。 そんな要素はどこにもないはずなのに、妙に空気が緊迫しているような錯覚を覚える。 (……まあいい、今は診察を優先させよう) ユーゼスはあらためて手先に意識を集中させ、カトレアの鼓動を感じ取る。 経過は、取りあえず順調だ。 ―――順調に不安定だ。 相変わらず心拍のリズムは一定せず、強弱も上下し過ぎている。 体温も前回は上がり過ぎたかと思えば前々回は下がり過ぎ、そして今回は若干高い。 「……………」 少なくとも健康ではないことは確かと言える。 分かっていたことではあるが。 「終わったぞ」 「はい」 ユーゼスに声をかけられ、カトレアはいそいそと服を着る。 なお、服の着脱の最中にはユーゼスも目を逸らすことにしていた。 「どうでした?」 「ああ、相変わらず悪い」 「……………」 キッパリと『お前の身体の調子は良くない』と告げるユーゼス。 しかしカトレアはそんな言葉に動じた様子もなく、 「そうですか」 微笑みながらそれだけを言って、会話を一段落させる。 エレオノールを始めとするカトレアの家族が聞いたら耳を疑いたくなるようなやり取りだったが、この二人の会話はいつもこのような感じだった。 「……でも、変な感じですね」 ポツリと告げられたカトレアの呟きに、ユーゼスが反応する。 「何の話だ?」 「私はこうして診察を受けて『身体が悪い』って言われて、ラ・ヴァリエールから出ずに安静にしてるのに……空の向こうじゃ元気な人たちが戦を起こして、今こうしてる間にもたくさんの人が死んでいってるかも知れないんでしょう?」 「今は降臨祭とやらの最中なので休戦しているらしいがな」 「あら、そうでしたっけ」 セリフの間違っている点を指摘され、カトレアは苦笑する。 しかし、すぐに遠くを見つめるような目になって、 「……もし死んだら、どうなるんでしょうね」 そんなことをポツリと呟いた。 「やっぱり魂がヴァルハラに召されて、そこで過ごすことになるのかしら」 カトレアの身体が弱いことは、彼女と少しでも関わりを深くした者ならば誰でも知っている。 多くの人間に比べて、『死』の近くにいた彼女。 ユーゼスが聞いた話によれば、カトレアは子供の頃は今よりももっと状態が不安定だったらしい。 ……今はある程度安定しているものの、またいつ危険に見舞われるか分かったものではない。 『死』や『命』というものについて考えることは数多くあっただろう。 そして、そんな薄命の美女に対してユーゼスは、 「下らんな」 「え?」 「人は死ねば消滅する。ただ、それだけのことだ」 身も蓋もないことを言うのだった。 「……………」 ポカンとするカトレア。 だが、数秒後にはその口から笑みが漏れ出した。 「ふふっ、うふふっ……。 それもそうですわね。……ふふふ、『死ねば消滅する』かぁ。ええ、そうよね。結局死んだ後のことなんて、誰にも分からないんだから」 カトレアは、さもおかしい話を聞いたかのように笑い続ける。 「何がそんなにおかしい?」 「だってユーゼスさん、現実的過ぎるんですもの。普通はそう思っていてももう少し柔らかく言うか、何も言わないかでしょう? だから油断しているところを不意打ちされちゃいました。 ……ええ、あなたって本当に面白い人だわ」 くすくすと笑うカトレアに対し、不可解そうな顔をしながらユーゼスは言葉を続ける。 「私は死んだ人間に興味が持てないだけだ」 「あら。じゃあ……もし私が死んでも、そう言い切られちゃうのかしら?」 「……………」 今度はユーゼスが不意打ちされる番だった。 この女の命が短いことは分かっている。 おおよそ三年。 もう少し正確に言うと三年未満。 これが自分が算出した、この女の残り時間だ。 あるいは突発的な事件などが起これば、もっと短くなる可能性もある。 (……………) カトレアが死ぬという事実を、あらためて考える。 もうこうして話すことも出来なくなる。 もしそうなったとしたら、自分は……。 「……さてな。実際にお前が死んでみないことにはどうとも言えん。割り切っているつもりでも、意外にショックが大きくて立ち直れなくなるかも知れないが」 「まあ、そこまで私のことを思ってくれてるんですか?」 「…………私にも分からんよ」 「うふふ。だったら嬉しいんですけどね」 悲愴感すら漂いそうな会話の内容にも関わらず、カトレアは笑っていた。 大物なのか、達観しているのか……あるいは自暴自棄にでもなっているのか。 自分の場合はもう二回死んでいるので『今更死ぬの死なないのでどうこうするのも馬鹿馬鹿しい』といった感じなのだが、カトレアの場合はこれとは違うだろう。 では何なのか。 (ふむ) 興味はある。 だが、これ以上はこの女の内面に深く踏み込むことになるはずだ。 (私は……そんなことが出来るのか? いや、してもいいのか?) 自分は異形の仮面を被り、素顔を隠して生きてきた。 それは、偽りの素顔を嫌ったからであり。 素顔を隠すことで、自分の弱さを隠すためでもあった。 そんな人間が、他人の弱さ……かどうかは分からないが、少なくとも今まで隠れてきた部分に触れようとしている。 ―――傲慢を通り越して、滑稽とすら言えよう。 (やれやれ……) どうもカトレアといると、お互いの精神性を探り合うようなやりとりをしてしまう。 何とも疲れるコミュニケーションだ。 こういう場合エレオノールなら『何を考えてるのか教えなさい』という感じで良くも悪くもストレートにやるだろうから、こっちとしても分かりやすいし、やりやすい。 ……もっとも、だからと言ってエレオノールとのコミュニケーションが簡単かと言うと、そうでもなく。 (ある意味、私にとって最も厄介な存在かも知れんな。この姉妹は……) 何気にルイズのことを忘れつつ、そんなことを思うユーゼス。 そのようにして内心で色々な思考を渦巻かせていると、カトレアがまた問いを投げかけてきた。 「そうだ、ユーゼスさん。いい機会だから聞いておきたいことがあるんですけど」 「……今度は何だ?」 「私、母親になれますか?」 あらゆる意味で、物凄い質問である。 カトレアの身体の状況。 仮に子供を作るとして、その相手の問題。 この質問をユーゼスに告げたという事実。 ユーゼスはこれらの意味に気付いているのかいないのか、少なくとも言葉の上では何気ない様子で確認の問いを行う。 「欲しいのか、子供が?」 「んー……私、死ぬ前に一度でいいから赤ちゃんを産むことが夢ですし」 「―――――」 ユーゼスはカトレアの身体を眺めつつ、頭の中で『カトレアが出産に至るまでの過程』をシミュレーションする。 そして導き出された結論は、 「無理だな」 「あら」 実に簡潔かつ、素っ気ないものだった。 だがカトレアはそれに動揺した様子もなく、平静にユーゼスと会話を続ける。 「一応聞いておきますけど、それって私が赤ちゃんを産んだら命が縮まるってことですか?」 「いや、違う」 「じゃあ、どういう―――」 「……順序立てて話すか」 ユーゼスもまたカトレアを哀れむような素振りなど全く見せず、彼女の家族たちに聞かれたら殺されてもおかしくないようなことを平静に話した。 「まず性交する時点で、お前の身体にとってはかなりの負担となる。さすがに死にはしないだろうが、行為の最中にかなり危険な状態となるのは間違いない。 そのような状態で続けられるのか、というのがまず問題だ」 「……………」 「次に性交が無事に済み、妊娠したとしての話だな。その場合は胎児が出産に適した頃合に成長する前に、それを育てるお前の身体が持たずに……」 「持たずに?」 「死ぬ」 「……………」 「『絶対に』と言うほどではないがな。しかし、かなりの高確率で死ぬのは確かだろう。 ……そして、幸運の上に幸運が重なって出産に至ったとしても、その出産のショックでほぼ間違いなくお前は死ぬはずだ」 これでお前が生きていたら奇跡だな、と持論を結ぶユーゼス。 その顔には、逡巡も同情も浮かんではいない。 「…………。言いにくいことをハッキリ言いますね」 一方のカトレアは、自分の望みをほぼ完全に否定されたことに悲嘆するでも怒るでもなく、ただそれを告げた男に対して驚きと感心が入り混じったような眼差しを向けていた。 「む? 曖昧な言葉でどうとでも取れるように表現するとか、当たり障りのないように遠回しに言った方が良かったか?」 「いいえ。……まあ、昔は生理のたびに割と本気で死に掛けてましたから、何となくそんな気はしてました」 「ほう」 「今は大分マシになったとは言え、初潮が来てからしばらくは……出血の量は凄かったですし、お腹の中はぐちゃぐちゃに掻き回されるみたいになりますし、頭痛や吐き気は酷かったですし、高熱も出るしで大変だったんです。おまけに周期もかなり不安定でしたから」 「だろうな」 ユーゼスは、ともすれば生々しくすらあるカトレアの独白をアッサリと受け入れ、またアッサリとリアクションを返す。 カトレアの方もそれは承知の上らしく、またいつもの調子で会話を進め始めた。 「でも酷い人ですね、あなたって」 「そうか?」 「そうですよ。……確かに『ハッキリ言われて良かった』っていう気持ちはありますけど、同時に『ハッキリ言われたくなかった』って気持ちもあるんです」 「しかし、そうしなければしないで不満を持つのだろう、お前は?」 「もちろん」 イタズラっぽく笑うカトレア。 こういう『今の気持ちを包み隠さない』ところは、この女の長所かも知れないとユーゼスは思う。 そして笑った彼女につられる形でごく薄くではあるが笑みを浮かべ、少ないボキャブラリーを駆使して彼女のそんな長所を褒めた。 「フッ……私はお前のそういう点は嫌いではないよ」 「あら」 するとカトレアは顔を赤らめ、照れつつも嬉しそうな顔になってその『褒め言葉』に反応した。 「まあまあ。もしかしたら私、口説かれてるのかしら。 ……うふふっ。私ってけっこう単純ですから、本気にしちゃいますよ?」 「ふむ」 今のは口説いたことになるのか、などと考えるユーゼス。 しかし嫌いではないのは本当であるし、否定のしようはない。 ではどうするべきだろう。 (……『口説いたわけではない』とでも言うか) そう決めて、カトレアに対して口を開こうとする。 だが、その時。 「コ……ホッ。……!」 カトレアが咳き込み始めた。 彼女はそれを感知するのとほぼ同時に慌てて口元を手で押さえ、ユーゼスから離れようとする。 「む?」 ユーゼスが状況を理解するよりも早く、彼女の咳き込みは激しさを増していった。 「ゴ……ッ、ッハ、ゲホッ、ァ……ッ!!」 そして数秒もしないうちに。 ごぼ、と。 カトレアの口から、血が吐き出された。 「ッ……!!」 「カトレア」 そんな光景を目にしようとも、ユーゼスはあくまで冷静なままでカトレアの様子を見るべく歩みを進める。 しかし。 「……っ、み、見ないで……近付かないでっ!!」 カトレアの口から大量の血液の次に放たれたのは、拒絶の言葉だった。 「ぅ……っ、く……!」 呼吸が乱れ、顔色が蒼白になりながらも『絶対に見られたくない』とばかりに後ろを向き、顔を伏せるカトレア。 ―――その振り向く瞬間。 わずかではあるが、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。 「……そこまで避けることもあるまい。私がお前の吐血する光景を見て、お互いに何か不利益をこうむる訳でもないだろう」 「こうむるん、です……っ!」 ユーゼスがどれだけ近付こうとしても、頑なに拒否されてしまう。 数日前までの、部屋に閉じこもっていたルイズを髣髴とさせる頑固さだ。 「……………」 近付くことが出来ないので、ユーゼスはせめて今のカトレアについて思考を巡らせることにする。 (吐血か) ……考えてみれば、おかしな話だ。 ユーゼスがこうしてカトレアに対して診察を行うようになってから、それなりに時間も回数も経過している。 常日頃から虚弱だの病弱だの言われていて、本人に問診しても『たまに血を吐きます』などとも言われている。 だと言うのに、自分がカトレアの吐血を見るのは、これが初めてなのだ。 たまたまそのタイミングに居合わせなかった……と考えるのが自然ではあるが、それにしても自分の前での吐血の頻度が少な過ぎはしないだろうか。 「……………」 カトレアが今まで自分の前で吐血しなかった理由を考えてみる。 そして、すぐに一つの仮説に行き当たった。 「…………。カトレア」 「っ」 びくん、とカトレアは肩を振るわせる。 相変わらず背を向け、顔を伏せたままなので彼女の表情は分からない。 それでもその震える声から、彼女が今どのような感情を抱いているのかは予想がつく。 「ユ……ユーゼス、さん……」 恥じ入り、と言えば少々聞こえが良過ぎるだろうか。 とにかく見られたくない、今すぐにユーゼスの視界から消えたいという空気がひしひしと伝わってきた。 「お……お願いします、ユーゼスさん。部屋から出て……」 だが、ユーゼスはそれを感じた上で、どこまでも『ユーゼス・ゴッツォ』らしく、無遠慮に質問を投げかける。 「カトレア。二つほど質問をさせろ」 「え?」 「……お前は薬を服用するかして、私の前で吐血をしないようにあらかじめ対策しておいたな?」 「!」 思いついた時点で、ユーゼスはこの仮説を否定していた。 突拍子がないと言うか、何の意味があるのか分からなかったからだ。 とは言え、そう考えれば色々と辻褄は合う。 例えばこの吐血の量。 日常的に血を吐いているにしては少々多過ぎるが、これを『本来のタイミングで出るはずだったものを、無理矢理に押さえ付けていた反動でここまで大量に出た』とすれば……。 「…………っ」 ますます深く顔を伏せるカトレア。 ユーゼスはその態度を肯定と受け取り、二つ目の質問をぶつける。 「……それほど血を吐くところを私に見られたくなかったのか?」 「―――――」 ここでユーゼスがもう少し女性の心の機微に敏感であったならば、『異性の前で大量の血を吐き出す』ということの意味について考えを至らせることが出来ただろう。 鈍感さというものは、時に人を傷つける。 もっとも、それを理解していないからこそ鈍感とも言えるのだが。 「なぜそこまで忌避しているのかは分からないが……」 女性の心理など、この男にとっては極めて理解のしにくい事柄である。 だから、ユーゼスはあくまで『一個人』に対する言葉をカトレアに向けた。 「……お前の身に何が起ころうと、お前が何をしようと、お前がお前自身であり続けるのならば……私はお前のことを『カトレア』として変わらずに接するつもりだ」 それはユーゼス自身のこと。 宇宙刑事ギャバンと共に地球に派遣された、バード星人の科学者。 地球防衛軍TDF、その地球環境再生計画に従事する科学者。 地球のレーダー網を壊滅させた、大気浄化弾の開発者。 バディム、およびネオバディムの首領。 全能なる調停者を目指す者。 ウルトラマンを追いかけ、取りあえずは追いつくことが出来た者。 そして今は、少女の使い魔。 全ては同一人物だ。 (……………) 紆余曲折を経た末にここに存在しているが、その課程で何度も自分を見失った。 ……もし、自分の中に最初から揺るぎのない自我や人格が存在していたなら。 きっと違った課程、違った結果になっていたはず。 その後悔と経験則とを言葉に込めて、ユーゼスはカトレアに告げる。 「だから……お前はお前のままでいろ、カトレア」 「……………」 返事はない。 まあ、何かの返事を期待して喋ったわけでもないのだから、別に構わない。 「……使用人は呼んでおく。後始末はその者たちにやらせろ」 それに、これ以上余計な深入りをして、より拒絶されるのも望ましくはない。 だからユーゼスはカトレアの部屋を出ることにして……。 「それではまた会おう、カトレア」 「……………」 去り際に、そんな言葉を残す。 その時のユーゼスには『カトレアには会おうと思えばいつでも会える』という考えがあったのだが……。 しかし、その日の内にカトレアは『気分が優れない』という理由で部屋から一歩も出ないようになり、また必要最低限の人間しか部屋に入れないようになってしまった。 「……で」 同日の夜。 「そんなことがあったせいでちい姉さまの気分を悪くしちゃって、何だか気まずくなっちゃったから、わたしに何かアドバイスして欲しい―――と、こういうわけね」 「理解が早くて助かる」 ユーゼスは『自分と最も身近かつ親しい女性』であるところのルイズの部屋に行き、事の次第を報告した上で助言を求めていた。 本来ならばエレオノールに聞いておきたいところだったのだが、このラ・ヴァリエールにいないのならば仕方がない。 最善の策が使えないのならば、次善の策を使うまで。 それに、ルイズは家族の中で特にカトレアと親しかったという。 きっと何らかの有益なアドバイスをもたらしてくれるに違いなかった。 ―――しかし、この話をした途端、ルイズの顔の筋肉が不自然に引きつりだしたのは何故なのだろう。 (私がカトレアの機嫌を損ねたことが不愉快なのか……?) 憧れを抱いている次姉の気分を悪くしたとなれば、確かにそれは不愉快だろう。 だが、その次姉の気分を改善させるためにも、今はルイズのアドバイスが欲しいのだ。 「…………ちょっと待ってなさい」 ルイズは大仰に天井を仰ぐと、おもむろに立ち上がって歩き出す。 そして机の上に置いてあったワインの瓶を手に取り、中身をグラスに注いで、それを飲み干した。 とくとくとく。 ごっきゅごっきゅごっきゅ。 ……ぷはぁっ。 「多量の飲酒は身体に悪影響を及ぼすぞ、御主人様」 「…………。ユーゼス、覚えときなさい」 「む?」 「女の子にはね、飲まなきゃやってられない時ってのがあるのよ」 「……そうなのか」 「そうなの」 微妙にイラついた顔でユーゼスにそんなことを言い聞かせるルイズ。 彼女はグラスを机の上に戻すと、あらためて椅子に座りなおして会話を再開させた。 「―――さて。アンタが一つだけ賢くなってくれたところで、ちょっと確認したいことがあるんだけど」 「何だ」 ルイズは少しだけためらった素振りを見せたあと、意を決したように問いかける。 「……アンタの中だと、ちい姉さまってどういう位置にいるのよ?」 「?」 よく分からない問いだった。 唐突に『位置』などという単語が出て来ても、何が何やらサッパリだ。 なので、その意味を問い返す。 「……何のことだか分からないのだが」 「あー……、ちょっと分かりにくかったかしら。ええと、アンタから見てちい姉さまは……これも違うわね。何て言うか、アンタにとってちい姉さまってどういう存在なの?」 「む……」 どういう存在、と聞かれても困る。 カトレアはカトレアであって、それ以外ではなく。 いや、このルイズの質問は、自分がカトレアにどのような価値や意味を見出しているのかということのはずで。 それが何かと聞かれれば。 (…………何だろうか) 診察する者とされる者という、事務的な関係だけではないことは確かだ。 そう、それだけではない。 しかし、その『それだけではない』……『それ以外』とは、一体何なのか。 「……………」 明確には言葉にすることが出来ないと言うか、してはいけないような気がする。 一方、そんな風に考え込んでいるユーゼスに対し、ルイズはゲンナリした様子で更に問いを重ねた。 「……じゃあ、エレオノール姉さまは?」 「む、う……」 エレオノール。 これもまた難しい。 いや、カトレアについて考える以上に難しい。 彼女のことをこうして考えると、何だか、こう、ふつふつと名状しがたい感覚やら感情やらが生じてくる。 この感覚は何なのか。 ……いや、待て。 そもそも御主人様は自分の感情などには全く触れていない。 問題なのは『自分にとってエレオノールがどういう存在なのか』ということで、それはつまり……。 「ぐ…………ぅ、ぬ……むぅ…………」 小さく唸り声を上げながら、真剣に悩み始めるユーゼス・ゴッツォ。 そんな使い魔を見て、主人たる少女は若干やさぐれ気味に言葉を放つ。 「……あー、はいはい。大体分かったわ」 「何?」 まだ質問に答えていないどころか、その答えすら明確にしていないと言うのに、一体どのようなことが分かったのか。 「はぁ……そうね。召喚されたばっかりの頃のアンタなら、こう聞かれても多分そっけない答えを返してただけでしょうし……。 ま、アンタもこうしてわたしにアドバイスを求めるようになって、しかも悩むことが出来るだけ成長したってことなのかしら」 呆れ。諦観。憂い。苦笑。 ルイズはこれらが入り混じったような、実に複雑そうな顔を見せる。 そしてもう一度ワインをグラスに注いで一気飲みすると、さっきまでの表情を忘れたかのような『いつも通り』の顔になってまた話を始めた。 「じゃあ、本題に入りましょうか」 「色々と引っ掛かる点はあるが……分かった」 何となく腑に落ちないものを感じるが、今は取りあえずカトレアとの関係を円滑にすることが先決だ。 ユーゼスはそう割り切ると、部屋の隅から椅子を取ってきてルイズの正面に腰掛けた。 「……いいこと? 古今東西、機嫌を損ねてしまった女性に対するフォローは大きく分けて三通りしかないわ」 「ふむ」 出来の悪い生徒にものを教えるかのごとく、言い含めるようにして語るルイズ。 「つまり、言葉を使うか、身体を使うか、物を使うかなのよ」 「…………『言葉』と『物』は分からないでもないが、『身体』をどう使って機嫌をとるのだ?」 「うっ」 途端にルイズの顔が赤くなる。 はて。 疑問に思ったことを素直に口に出しただけなのだが、そんなに変なことを聞いただろうか。 「え、えーと……」 多少まごつきつつ、ルイズは回答を提示した。 「その……えっと、アレよ。ス、スキンシップ……とか? ほ、ほら、泣きじゃくってる子供とか、頭を撫でたりすると落ち着いたりするじゃないの」 「成程」 ルイズはごほん、と咳払いをして気を取り直し、『授業』を再開する。 「……で、そもそも今回のアンタとちい姉さまの問題……ってほどでもないのかしら。とにかく関係がギクシャクしたのは『言葉』が原因だそうだし、余計にこじれるかも知れないから、これは使えないわね」 「うむ」 「『身体』は…………何て言うか、色々と問題がありそうなので却下」 「だろうな」 カトレアはもう25歳。妙齢の女性である。 そんな女性に対して、いくら何でも子供をあやすようにするわけには行くまい。 ルイズとて、姉がそんな風に扱われるのは良い気分ではないだろう。 「……さすがのアンタも“何で『身体』がダメなのか”のカケラくらいは分かったみたいね」 「当然だ」 微妙に意味を履き違えつつ、ユーゼスはルイズの『授業』に耳を傾ける。 「そうなると必然的に最後の『物』になるわけなんだけれど……」 「けれど、何だ?」 「……アンタ、何か女の人に対してプレゼント出来るようなものって持ってる?」 「無い」 「…………。まあ、そうでしょうね。 それじゃあ何を送るのか、って話になって……」 うぅん、と首をひねるルイズ。 「花……は何かユーゼスのイメージじゃない気がするし、服も領地の外に出れないちい姉さまにはあんまり喜ばれないような気がするし、食事も違うだろうし」 「ふむ」 「うぅ~~ん……。……ちょっと定番すぎる気もするけど、ここはアクセサリーとかの方がいいかしら?」 「アクセサリー?」 要するに装飾品か。 これまでのユーゼスの生涯において、一度も身につけたことのないものである。 無理矢理にこじつけるなら、昔つけていた仮面やローブがそれに当たるのかも知れないが、アレのデザインコンセプトは『周囲の者に威圧感を与える』だとか、『自分自身が“人間”であることを意識させない』点にあった。 ……と言うか、あの仮面がアクセサリーになるのなら、『アクセサリー』という言葉は随分と解釈の幅が広いものになってしまうだろう。 「……………」 何にせよ、ユーゼスにとっては未知の分野だ。 よく分からないモノをよく分からないまま手を出しても、ロクでもない結果しか生まないことはこれまでの経験で思い知っている。 だが、御主人様は少なくとも自分よりはこの分野について詳しいはず。 ここは素直に彼女の知識と知恵を……。 「じゃあ、ここからは自分で考えなさい」 「―――何?」 ……借りようと思ったら、いきなり見放されてしまった。 ユーゼスは途方に暮れつつ、なおも主人に助けを求める。 「…………唐突にそう言われてもな。これからどうすればいいのか分からないのだが」 「あのね、ユーゼス」 ルイズは軽く溜息をつき、もはや『出来の悪い生徒にものを教える』と言うより『物分かりの悪い子供に言い聞かせる』ようにして話し始めた。 「これはアンタが原因で発生した、アンタが解決するべき、アンタの問題でしょう」 「……そうだ」 「それなら、どうしてこのわたしが何から何まで面倒を見なくちゃいけないのよ?」 「むう……」 正論だ。 確かに、本来ならこんなことにルイズが付き合う義理などほとんどない。 何せこれはユーゼスの問題であるからして。 「ということで、わたしの役目はここでおしまい。あとはせいぜい頑張ることね」 「…………うむ」 椅子から立ち上がり、部屋から出るべく歩き始めるユーゼス。 ドアのノブに手をかけたところで、 「一応言っておくけど、安物で済ませようとするんじゃないわよー」 「分かった」 そんなことを言われつつ、ユーゼスは御主人様の部屋を出る。 ……ドアを閉める間際にルイズがまたワインの瓶に手を伸ばすのが見えたが、また『飲まなきゃやってられない時』とやらが来たのだろうか。 まあ、ルイズの事情はともかく。 「厄介な事態になったな……」 大まかな指針こそ立てられたものの、具体的には何も決まっていないに等しい。 ならば、どうするべきか。 「…………、分からない……」 しかし、ここですんなりと回答が出て来るようなら、そもそも悩んだりはしない。 「……………」 かくしてユーゼス・ゴッツォは、女性の機嫌を治すべく頭を悩ませることになったのであった。 なお、余談ではあるが。 この翌日、ラ・ヴァリエールの中庭周辺に存在する『青い石』と『赤い石』は、どういうわけかその大部分が粉微塵に破壊し尽くされ。 そしてその近くを通りがかった使用人は、少女の吼えるような叫び声を耳にしたという。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7707.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「なるほどな」 ユーゼスはコルベールから、現在魔法学院がどのような状況に置かれているかの説明を受けていた。 それによって判明した事実は主に三つ。 魔法学院が賊に占拠されていること。 賊は女子生徒や教師たちのほぼ全員を食堂に集めていること。 そして、その対処に銃士隊が当たっていること。 (……食堂から光が漏れている理由はそれか。そして私に襲い掛かってきた連中も、その賊とやらの構成員というわけだな) これで夜明け前という時間帯であるのに明かりが付いていた理由と、自分が戦っていた連中の正体が分かった。 しかし、まだ疑問はある。 「それで……お前はなぜここにいる、ミスタ・コルベール」 「なぜ、とは?」 この中年教師だ。 「お前とて魔法学院の教師だろう。その学院が危機に陥っているのならば、立ち上がって襲撃者と戦うのが筋ではないのか?」 「……それは……以前の授業でも言っていたが、私は臆病で……」 「お前が言うところの『臆病者』が、私を助けるためとは言え『それなりの実力者のメイジ』を『一瞬で焼死させる』ほどの炎を放つとは思えんがな」 「……………」 苦しげな表情で顔を伏せるコルベール。 おそらくは自分の行いを悔いているのだろう。 ―――だが、ユーゼスは見ていた。 自分と戦っていたメイジを殺した直後、炎の中から姿を現したこの男の顔を。 何の感情も浮かべていない。 酷薄だとか残虐だとか、そんな形容すら生ぬるい。 あの局面で『ただ単に動きを止める』というだけならば足なり腕なりを焼けばいいだけなのに、コルベールはメイジの全身を炎で丸焼きにした。 それだけでこの男の戦闘スタイルは大体分かる。 (『殺し慣れている』……いや、『殺しを仕事や作業として割り切っている』のか、この男は) 自分の知識の中では、心を持たないタイプの人造人間が最も近かっただろうか。 戦うだけのマシン、という印象を真っ先にコルベールから受けたのだが……。 「……弁明はしない。私が先程行ったことは君の言った通りだからな。……しかし、それでも私は…………戦うことが、怖いんだ」 それでも今のコルベールからは、葛藤のようなものが感じられる。 いわゆる良心の呵責というやつだろうか。 (キカイダーやワルダーなどとは違うように思えるが……ふむ) それぞれタイプが異なるが、善と悪との狭間で葛藤していた人造人間たち。もっとも、コルベールは犬を見て逃げ出すような真似はすまいが。 何となくではあるが、彼らに近いものを感じる。 ……いや、善と悪の狭間で苦しむと言うのであれば、それはかつての自分とて同じだったか。 地球人の……人間の凶暴さや身勝手さ、愚かさ、弱さ。 仮面を被っていた頃の自分は、それを自分自身で具現化していた。 それに対する自分のコピーであるイングラム・プリスケンは、まるでユーゼスの良心の具現化したかのように創造主に逆らい、この自分を打ち倒した。 ―――「俺たちの真の敵は、自分自身の中に潜んでいるのだ」――― 全ての決着がついた後、自分に向けてイングラムが言った言葉である。 イングラム・プリスケンがユーゼス・ゴッツォに……コピーがオリジナルである自分に言ったということを考えれば、何とも皮肉なセリフと言える。 (……まあ、いい) コルベールの内心の葛藤とやらがどんなモノなのか探りを入れる気など、最初からない。 それにコルベールは一応、ユーゼスにとって命の恩人である。その恩人に対して、いつまでも精神的なプレッシャーをかけるわけにもいくまい。 加えて、自分は彼に偉そうなことを言える立場でも何でもないのだ。 葛藤から抜け出したか、葛藤の真っ只中にあるか。 抱えた葛藤の種類や深さに異なる点があるにせよ、ユーゼスとコルベールのハッキリとした違いはそのくらいであろう。 「お前の戦いや殺人に対するスタンスはともかくとして……」 妙なシンパシーを感じつつ、ユーゼスは今現在の問題へと会話をシフトさせる。 「これからどうするつもりだ? あの銃士隊の隊長―――ミス・ミランの性格からして、穏やかに交渉が運ばれるとは思えんが」 「……………」 これからの自分たちの行動には、大きく分けて二つの選択肢がある。 賊が占拠している食堂に行くのか、それとも行かないのか。 『行ったとして賊にどう対処するのか』、『行かないとして危機回避のために学院そのものから脱出するのか』など、選択した後もまだまだ分岐は数多いのだが、少なくとも行くのか行かないのかは決めなくてはならない。 その二者択一に対してまずユーゼスは、 「私は行く」 そう選択した。 「エレオノールや御主人様の無事を確認したいし……。何より正確な状況が知りたいからな」 「……………」 沈黙を続けるコルベール。 どうやらまだ決めかねているらしい。 ユーゼスの簡単な分析では、コルベールはかなりの手練れのはずだ。 戦闘になった場合に備えて、ぜひとも戦力に組み込んでおきたかった。 「ともあれ、お前が行かないと言うのならば、それでも―――、む?」 「……? どうしたのかね?」 無理強いして連れて行くのも、と考えた矢先、ユーゼスの目に映る光景がぼやけた。 正確に言うと、左目の視界に『今自分が見ているものとは別の光景』が割り込んできていた。 「これは……」 嫌な予感がしたので無事な右目で左手を見ると、『武器』に該当するものに触れてもいないのにルーンが光を放っている。 そう言えば召喚された夜、クロスゲート・パラダイム・システムを使ってルーンを調べた時に『主人の視覚を使い魔に投影する』という機能があったことを思い出す。 アレの発動条件は確か『主人が危機的状況に見舞われた場合』だったはず。 ということは。 「事態が動いたらしい。……ここで話をしている場合ではなさそうだ」 「……っ」 左目に映るのは食堂の中。 何者かは分からないがメイジと思わしき連中と、キュルケとタバサとアニエスら銃士隊の隊員たちが戦っている。 どうやら彼女たちで奇襲でもかけたらしい。 「ふむ……」 トライアングルメイジ二人に、腕利きのシュヴァリエ、そしてそれに準ずる実力を持った兵士が数名。 おまけに虚無の担い手まで参加するのであれば、並の敵は倒せるだろう。 ユーゼスとしても、それでこの事件が解決するのならそれに越したことはない。 だが、これから戦う敵が『並』以上だった場合のことも考えておく必要がある。 よってユーゼスは急いで、しかし目立たないようにして食堂に移動を始め、 「待ってくれ」 数歩目でコルベールに呼び止められた。 ユーゼスは無感情な目を中年教師に向け、その発言の意図を問いかける。 「……まさか、『危険だから行くな』とでも言うつもりか?」 「いや……。私も行こう」 「ほう」 コルベールの表情にはまぎれもない決意の色が浮かんでいる。 あれだけ躊躇していたと言うのに、一体どのような心境の変化があったのだろう。 「理由を聞いておこうか」 つい先程まで情緒が安定していないように見えたコルベールを、そう簡単に連れて行くわけにはいかない。 ただ場の空気に流されたり、単なる気まぐれだけで渦中に飛び込まれては、ユーゼスの身がかえって危ないのである。 「決まっているだろう?」 そしてコルベールは、渦中に飛び込むための動機を口にした。 「……今この瞬間、危険に晒されているのは私の教え子だからだ」 それはユーゼスにとって納得のいく説明ではなかったが、その言葉を語ったコルベールの口調と視線からは確固たる意志が感じられた。 まるで、かつて自分と敵対した者たちのように。 「……………」 ユーゼスはコルベールの申し出を否定も肯定もせず、食堂に向かう。 「―――――」 コルベールもまた、無言のままユーゼスに並走する形で食堂を目指す。 二人揃って走る中で、ユーゼスは『今日は結局、徹夜になりそうだな』などと考えるのであった。 結論から言うと。 ルイズやアニエスら女性陣と、ユーゼスとコルベールが合流して事に当たるということはなかった。 なぜなら彼らが到着するよりも早く、彼女たちが行動を起こしてしまったからである。 「……………」 ルイズの視界を借りているユーゼスは、その行動の開始から経過、事の結果に至るまでを客観的かつ詳細に観察することが出来た。 ―――まずタバサが風魔法で紙風船を膨らませ、更にそれを食堂の中へと飛ばす。 次にキュルケが『発火』あたりでも使ったのだろう、杖を振ってその紙風船に火をつける。 すると紙風船は派手な音と光とを撒き散らして爆発。 どうやら中にリンか何かの爆発物を仕込んでいたらしい。 同じタイミングでルイズも食堂の天井あたり目掛けて杖を振り、全体的な爆発の規模を大きくしていた。 人質として集められたのであろう寝巻き姿の女子生徒たちはその爆発に驚いて悲鳴をあげ(と言ってもユーゼスに声は聞こえなかったが)、敵と思しきメイジたちは閃光を直視したせいで視覚をやられ、目を押さえる。 そして混乱に乗じる形でキュルケ、タバサ、ルイズ、アニエスたちが敵集団に攻撃を加えていき、あとはこのまま押し切れるか……と思った矢先に。 いきなり炎の弾丸が彼女たちに襲い掛かった。 炎弾は寸分たがわぬ正確さで、まず銃士たちが持っているマスケット銃に命中。 銃の中の火薬に引火して爆発が起こり、マスケット銃は銃士の指を道連れに四散する。 アニエスだけはとっさに銃から手を離して手指の損傷を防いだようだが、やはりいくらかのダメージは免れないようだ。 続いて炎弾はキュルケたちへと飛来して彼女たちを次々と薙ぎ倒していく。 (ほう) 不謹慎ではあるが、ユーゼスはその炎弾の使い方に感心していた。 炎弾は『ただ単に炎を敵に当てる』という類のものではなく、着弾寸前に爆発して、その爆風の衝撃を敵にぶつけるという攻撃方法だったのである。 これならばただ熱エネルギーをぶつけるだけではなく、物理的な衝撃をもって相手にダメージを与えられる。 必殺とまではいかずとも、上手くいけば熱と衝撃の二重攻撃で相手を殺すことが出来るし、気絶でもしてくれれば後は始末するだけ、そこまで行かない場合だろうとダメージで動きは鈍るし、あるいは目くらましとしても使用が出来る。 しかも『単なる炎の弾丸』と『爆発』との使い分けすら可能なのだ。 何と使い勝手のよい攻撃方法であろうか。 (勉強になるな……) ただしこれを実行するには、『命中する直前に相手の至近距離で炎弾を爆発させる』という操作を行う必要がある。 視界が良好な状態ならまだしも、煙が立ち込めるこの状況でそれを行うとは……。 まさに驚異的な命中精度と言えるだろう。 なお、ここまで詳細に『炎弾』の分析が出来たのは、他でもない視覚情報を提供している彼の主人もまたその攻撃を受け、一部始終を目にしていたからである。 閑話休題。 倒れ伏している視界に、タバサがふらつきつつも立ち上がろうとしている光景が飛び込んできた。 それでも炎弾のダメージが強く残っていたのか、青髪の少女は起き上がりかけたところで大きくよろめき、食堂の床に転がる。 直後。 煙の中から、右目を眼帯で覆った白髪の男がヌッと現れた。 タバサよりは動ける状態らしいキュルケは床に落ちていた自分の杖を拾おうとして、その杖を男に強く踏まれてしまう。 男とキュルケが何か会話をする。 続いて男はおもむろに自分の左眼に指を突っ込んでその眼球を引きずり出した。 観察するに、どうも義眼らしい。 (……あの命中精度はこのためか?) 最初から目が見えていないのならば、煙幕や目くらましは意味をなさない。 それに視覚が無いのであれば、それ以外の感覚が鋭敏になっているはずだ。 もっとも、それだけではあの正確無比な射撃と爆破ポイントの見切りは成し得るものではないが。 ユーゼスがそのようにしてアレコレと考えている間にも、左眼に映される事態は目まぐるしく進行していく。 盲目のメイジが杖を振り、起き上がりかけたキュルケに向かって炎を放とうとする。 しかし、その炎がキュルケを焼くことはなかった。 いきなりアニエスがメイジの後ろから飛びかかり、剣を振るってその攻撃を妨害したのだ。 ……いや、正確には『盲目のメイジを不意打ちで仕留めようとしたが、攻撃を中断させる程度の結果しかもたらさなかった』と表現するべきだろうか。 現に盲目のメイジはアッサリとアニエスの不意打ちを回避し、余裕たっぷりな様子でキュルケに放つはずだった炎をアニエスに放っていたのだから。 アニエスは辛うじて炎を回避し、続けざまに踏み込んで盲目のメイジを討とうと刃を向ける。 メイジはそれに応戦し、剣と鉄の杖とが数回交差した。 (このまま勝てるか?) 見たところ、剣の腕はアニエスの方が勝っているようだ。 ユーゼスとコルベールは、すでに食堂の入口間際にまで移動している。 後先考えずにいきなり乱入しては無闇に場が混乱するだけ……ということで機を窺っていたのだが、この分ならアニエスの優位が確定した段階で突入するべきだろう。 などと考えていると。 メイジが大きく後ろに跳躍して飛び退き、それと同時に杖から炎が放射され、アニエスの持つ剣をグニャリと融解させてしまった。 アニエスはイビツに曲がってしまった剣を厳しい表情で投げつけるが、当然のごとくメイジの杖に弾き飛ばされて終わる。 丸腰になったアニエスは一旦退避しようとするが……。 例の『爆発する炎弾』を受け、吹き飛ばされてしまうのだった。 「ぐぁああっ!!」 メンヌヴィルの攻撃によって宙を舞い、壁に叩きつけられるアニエス。 辛うじて気絶こそしなかったものの、爆発と打ち身で二重の衝撃を食らってしまったためにダメージは大きいようだった。 「……っ」 そんな光景に、ルイズは歯噛みする。 アニエスの不甲斐なさに、ではない。 自分の危機に居合わせない使い魔に、でもない。 何よりも、自分の無力さに悔しさを感じているのだ。 倒れ伏したままでコッソリと周囲の状況を確認してみれば、アニエス以外の他の面々もかなり苦戦していた。 黄燐を使った簡易爆弾の目くらましから回復したメンヌヴィルの部下たちは、まさに怒り心頭と言った具合に苛烈な攻撃を行い、それに対する銃士隊は半数近くが指を失ってマトモには戦えない。 キュルケも杖を拾って戦ってはいるが、ダウンしてしまったタバサを抱えながらでは分が悪いようだ。 (どうすれば……) 先の攻撃のダメージは、ある程度だが回復している。 立ち上がって銃士隊やキュルケに加勢することも出来るはずだ。 だが、自分が加勢してどうなる? 自分が使える虚無の魔法は『エクスプロージョン』と『ディスペル』。 どちらも強力ではあるが、使うためにはあの長ったらしい詠唱を延々と唱え続けなければならない、という欠点がある。援護の期待があまり出来ない今の状況では使えない。 ならばいつもの『失敗魔法』の爆発を使えば……とも思ったが、戦闘に関しては素人同然の自分の魔法が、それなりの戦闘経験を積んでいるであろうメイジたちに簡単に当たるとも思えない。 それに何より、位置が不味い。 ついさっきアニエスが食堂の壁まで吹き飛ばされたが、自分が今倒れている地点はアニエスから2メイルも離れていないのだ。 「フン……」 のっしのっしと歩く筋肉質の男。 彼はアニエスにトドメを刺すべく、杖を撫でながら彼女へと……つまりこちらに向かってくる。 ……自分はどうするべきだろう。 立ち上がって杖を構え、真正面からあの男の相手をする? 無理だ。 不可能。 出来っこない。 そりゃあ自分が立ち塞がっている間、アニエスから注意を逸らすことくらいは出来るだろうが、その数秒後には美少女の焼死体が一つ出来上がっているはず。 無駄死ににも程がある。 (考えなさい、ルイズ……。考えるのよ……) こんな時ユーゼスならどうするか。 どうすればこの男を倒せるか。 そうしてルイズがごく短い時間で考えた末に出た結論は、 (………………不意打ちしかないわ) 何とも泥臭いと言うか、スマートではない方法であった。 だが仕方ない。 不意打ちだろうが騙し討ちだろうが、結果として倒せればいいのだ、倒せれば。 こういう部分で使い魔からの影響が微妙に出ているのだが、ルイズはそれに気付かないまま不意打ちのための準備を始める。 吹き飛ばされても放しはしなかった杖を、軽く握り締め。 いつでも立ち上がれるように、身体に力を入れて。 攻撃のタイミングを逃さないように、神経を尖らせて。 「……………」 (あと、少し……) そしてメンヌヴィルがすぐ近くにまで接近し、自分の横を通り過ぎるタイミングで……。 ドガッ!! 「あぐぁっ!!?」 うつぶせに倒れたままの体勢で、背中をメンヌヴィルに強く踏みつけられた。 ルイズは強い衝撃を背中に受けたために思わず杖を手放してしまう。 「う、うぅ……っ」 「気付いていないとでも思ったか?」 うめくルイズを足蹴にしながら、つならなさそうに言うメンヌヴィル。 「お前の身体の温度は、お前がやろうとしていたことを全て俺に教えてくれたぞ」 つい先程、このメンヌヴィルがキュルケに語った言葉を思い出す。 ―――「俺は炎を使う内に、随分と温度に敏感になってね。距離、位置、どんな高い温度でも、低い温度でも数値を正確に当てられる。温度で人の見分けさえつくのさ」――― それを忘れていたわけではない。 忘れていたわけではないが、まさかここまで鋭敏だとは思っていなかった。 「まあ今の不意打ちも、もしかすれば俺以外の奴になら成功したかも知れんが……」 「くっ!」 放してしまった杖を再び掴むべく、ルイズは懸命に手を伸ばす。 距離はたかだが数サントほど。 いくら背中を強く押さえつけられているとは言え、肩をひねるなりすれば届かないわけではない。 杖さえ持てば、爆発さえ出せれば、コイツにダメージさえ与えられれば、逆転のきっかけさえ作ることが出来れば、きっと何とかなる……はずだ。 そのはずなのに。 「だから気付いていると言っただろう」 「きゃああっ!!?」 ルイズの手が杖に届く寸前で、その華奢な身体はメンヌヴィルに蹴飛ばされる。 ゴロゴロと床を転がり、椅子に激突するルイズ。 杖は数メイル向こうにまで遠ざかってしまった。 もう、打つ手が―――ない。 「さぁて」 メンヌヴィルはニヤニヤと笑みを浮かべながら杖の先端に火を灯す。 「貴族のガキを殺しちゃいかんと言い含められてはいるが……何しろここまで抵抗されてしまっては『やむを得ず』反撃してしまっても構わないよなぁ?」 「……ぅ、ぅうっ……!」 ルイズは思わず硬く目を閉じる。 火は膨れ上がって炎となり、今まさにルイズを飲み込まんと更に勢いを上げた。 直接見なくとも伝わってくる熱波。 迫り来るそれを肌で感じ、決めきれない覚悟のままにルイズは使い魔の名前を叫ぼうとして、 「ユー……」 「待ちなさいっ!!!」 その声は、いつも彼女が聞いていた女性の叫び声によって掻き消されてしまった。 「ん?」 声のした方に注意を向けるメンヌヴィル。 その杖の炎は、いまだルイズを向いている。 「あ……」 ルイズもまたそちらの方を見てみれば、そこには後ろ手に縛られながらも毅然とした態度で立っているエレオノールの姿があった。 ……隣に座っているミス・ロングビルが『うわぁ』とでも言いたそうな顔をしているが、それはこの際置いておこう。 「何だ、お前は?」 「―――私はラ・ヴァリエール家の長女よ。父はこのトリステインを動かす貴族の一人」 「ほお」 メンヌヴィルに相対し、あまつさえ睨みつけまでしながら、エレオノールは言葉を続ける。 (……!) このタイミングで出て来たことの意味は、ルイズにも分かる。 エレオノールは自分の身分を武器にして、この場を何とか動かそうとしている。 そうさせたのは、自分の失態が……自分を危機から救おうと、庇おうとしたのが原因だ。 「っ」 同じヴァリエールの人間である以上、姉だけにそんな役目を任せてしまうわけにはいかない。 ルイズは、自分も同じくそうだと名乗り出るべく声を出す。 だが。 「ねえさ、」 「っ、そんな『どこの馬の骨とも知れない小娘』よりは、私の方が遥かに相手をする価値があるんじゃないかしら!?」 それをいち早く察したエレオノールが、強い口調でそれをさせなかった。 「!!」 ルイズは、今の姉の言葉に込められた『自分に対するメッセージ』を理解する。 ―――このまま大人しくしていなさい。 ―――決して自分がヴァリエールの人間だと明かしてはいけません。 ―――今は私に任せて。 「…………っ!!」 助けてくれて嬉しい。余計なことをしないで。生き延びられてホッとした。そんな自分が情けない。それはわたしの役目です。ありがとう、姉さま。 色んな感情がごちゃ混ぜになって、一斉にルイズを襲った。 もうマトモに声を出すことすら出来やしない。 「フン、心意気は買うが……」 そんなルイズをどう判断したのか、メンヌヴィルは杖の先の炎を霧散させてエレオノールの方へと歩いていく。 「ひっ!」 「きゃあ!!」 それを受けて懸命にメンヌヴィルから遠ざかろうとする周囲の女子生徒たち。 なお、その中にはちゃっかりミス・ロングビルも含まれていた。 「かと言ってお前一人をどうこうすれば良いという訳でもなくてな。例え三流以下であろうと、国中の貴族の子女の命が懸かっているとなればアンリエッタも考えざるを得まい」 エレオノールのすぐ近く、手を伸ばせば触れられる距離までメンヌヴィルは移動した。 「……ついでに『判断材料の提供』として一人か二人ほど見せしめに殺せば、かの女王陛下もより深くこの問題をお考えになられるだろう?」 「ぅ……」 杖の先端が、今度はエレオノールに向けられる。 エレオノールはそれでもメンヌヴィルから視線を外すまいと気丈に振る舞うが、逆にメンヌヴィルから発せられる独特の空気に呑まれているようだった。 「お前、怖いな? 怖がってるな?」 「そ、そんなわけが!」 「お前の温度はそう言っていないぞ」 笑いながらエレオノールに顔を近づけるメンヌヴィル。 無機質な瞳が接近し、エレオノールは思わず顔を背けた。 「フン、こういう時は目が見えないと不便だな。さぞかし気の強そうな顔をしているんだろうが……」 そしてメンヌヴィルは杖を持っていない左手を伸ばす。 「いや、まったく。お前の顔を見れないのが残念でならない」 その手がエレオノールの顔に触れるか触れないか、という所で……。 バンッッ!!! 「!」「えっ!?」 いきなり食堂のドアが強引に開かれ、目にも留まらぬスピードで『何か』が食堂の中に飛び込んできた。 その『何か』はエレオノールとメンヌヴィルとの間に強引に割って入った直後、手に持った剣を振るってメンヌヴィルを攻撃する。 「ぬっ!」 身体をひねってそれを回避するメンヌヴィル。 ―――結果だけを見れば、その攻撃は彼の身体に毛ほどの傷もつけてはいない。 だがその攻撃の鋭さ、あと一瞬かわすのが遅ければ命が無かったほどの切っ先の速度、そして何の躊躇もなく首を狙ってきた点。 メンヌヴィルの顔色を変えさせるには十分すぎる一撃だった。 「剣を使う、ということは平民か。……今の今まで隠れていたくせに突然現れるとは、どういう風の吹き回しだ?」 「……それは私自身が聞きたいよ」 「何?」 間合いを取りつつも突然の乱入者に問いかけるメンヌヴィルだったが、その問いに対する回答は不可解なものだった。 ともあれ、この場においてこの問答はさほど重要ではない。 重要なのは……。 「まあいい。相手が貴族ではなく平民ならば、思う存分焼いても構わんということだからなぁ!!」 メンヌヴィルは鉄の杖を乱入者である銀髪の男に向ける。 それに応じて男もまた、剣だけではなく腰からロープのようなものを取り出して左手で持ち、本格的な戦闘態勢に入った。 「まったく……。厄介事というものは重なる時にはとことんまで重なるな」 そんなことを呟きつつ、銀髪の男……ユーゼス・ゴッツォはメンヌヴィルと睨み合うのだった。 ざわざわざわ、と食堂に動揺が走る。 いきなりのユーゼスの登場に、敵味方を問わず全員が驚いていた。 ……実を言うと、ユーゼスはこのタイミングで食堂に突入するつもりはなかった。 事実、タバサが倒れ、キュルケが敗れ、アニエスが吹き飛ばされ、主人であるルイズが痛めつけられようが『まだ機ではない』と飛び込もうとはしなかった。 ルイズが攻撃を受けている間には左手のルーンがさかんに輝いて警告を送り、無力化した精神干渉の部分がしきりに自分を食堂の中へと導こうとしたが、それも無意味。 むしろ隣にいたコルベールが突入しようとするのを抑えるのに苦労したほどである。 そう言えばあのメンヌヴィルとかいう男をコルベールが見た途端、彼の顔色が変わってまた硬直、と言うか葛藤状態に突入してしまったが、あの男にトラウマを喚起される要因でもあったのだろうか。 しかしこのコルベール、役に立つのか立たないのかよく分からない人間である。 とは言え、ルイズがメンヌヴィルに殺されそうになった局面では『さすがに不味い』と思って飛び込……もうとしたら、今度はいきなりエレオノールが名乗り出た。 ユーゼスはこの展開に焦った。 (……あの馬鹿め) 今まさにルイズが殺されそうになっている段階でわざと注意を引くような行為をしては、自分が殺されたって文句が言えない。 仮に妹をかばうにしても、もう少しやりようがあるはずだ。 なぜあの女はこう、魔法の理論や学術的な理路整然さなどには目を見張るものがあるのに、とっさの衝動のブレーキが効きにくいのだろうか。 昔の自分でもあるまいに。 と、こんな感じにエレオノールの行動を苛立ち半分、心配半分で見守っていると。 メンヌヴィルがおもむろにエレオノールに顔を近づけて。 その手が彼女の顔に触れそうになり。 「…………!」 その瞬間、『理由はよく分からないのだが』物凄く不愉快になってしまって、気付いたらコルベールの声も耳に入らずに食堂に飛び込んでいた。 (―――なぜ私は飛び出したのだろう) と言うわけで、この場におけるユーゼスの登場に一番驚いているのは、実は他でもないユーゼス自身なのであった。 「っ、もう、遅いわよユーゼス! 今までどこに行ってたのよ!?」 そんな銀髪白衣の男の困惑などはつゆ知らず、金髪眼鏡の女性は非難するような口調でメンヌヴィルと睨み合っている彼に問いかけた。 その顔が少しばかり赤らんでいるのは、メンヌヴィルの魔法の熱気に当てられたためだろうか。 「叱責は後で受けよう」 そんな叫びに近い詰問をはぐらかしつつ、ユーゼスはエレオノールを庇うようにしてメンヌヴィルと対峙する。 今は戦闘中だ。 目の前の相手とならばともかく、他の人間と話し込んでいる余裕などはない。 ……しかし、確認せずにはいられないことが一つあった。 「ところでエレオノール」 「な、何よ?」 「あの男に『近付かれる』以上の事はされなかっただろうな?」 「え?」 きょとん、とした顔になるエレオノール。 しかしその数秒後、 「…………~~~~っ!!」 ユーゼスの質問をどのように解釈したのか、見る見るうちにエレオノールの顔が真っ赤になっていく。 そしてエレオノールは少々しどろもどろになりながらも、何とか返答を行った。 「べ……べ、別に、大丈夫よっ。ロープで手を縛られてはいるけど、逆に言えばそのくらいしかされてないし」 「ならばいい」 会話を切り上げ、改めてメンヌヴィルに意識を集中させるユーゼス。 この戦闘に対するモチベーションは、ハルケギニアに召喚されて以降トップクラスと言っていいほどに高い。 相変わらずどこにどんな原因があるのかはよく分からないが、目の前の盲目のメイジに対して、怒りのようなモノがふつふつと湧いてきている。 よって感情をエネルギー源とするガンダールヴのルーンもまた、過去最高に機能している。 あとはこれが、この敵に対してどの程度通用するのかだが……。 (……こればかりは実際に戦ってみるしかないか) オリハルコニウムの剣を右手に、快傑ズバットが使っていた鞭を左手に持ってメンヌヴィルとの間合いをはかる。 「話は終わったか、色男?」 メンヌヴィルがニヤついた顔でこちらに話しかけてきた。 対するユーゼスはあくまで無表情に、しかし僅かながらの感情をにじませながらそれに応える。 「お前が何をもって私をそのように形容するのかは知らんが……。……何にせよ、この騒動の報いは受けてもらうぞ」 「クハハハッ、お前にそれが出来るのであればな!!」 そう言い終わった直後にメンヌヴィルの杖から炎が噴き出し、ユーゼスもまたほぼ同時に鞭を振るう。 ……かくして、新たな戦いが幕を開けた。 ルイズはボンヤリとしながら、ユーゼスが戦っている光景を眺めていた。 「……………」 そして考える。 考えたくはないことだったが、頭の中の冷静な部分が勝手に考えてしまう。 ユーゼスが食堂に入ってきて、あのメンヌヴィルに切りかかっていったタイミング。 メンヌヴィルの手が、エレオノールに触れそうになった途端にユーゼスが現れたこと。 「……………」 あのユーゼスが何の策も考えもなしに、こんな事件が起きている食堂に飛び込んでくるわけがない。 事件の成りゆきを、敵の様子や情報を観察していたはずだ。 そう、見ていたはずなのだ。 自分があの盲目のメイジに踏みつけられ、蹴り飛ばされた光景も。 そして当然、エレオノールがあのメイジに近付かれて、何らかの危害が加えられそうになった場面も。 「……………」 自分に対しては、どんなに攻撃されようと飛び込んではくれなかった。 姉に対しては、敵の手が触れそうになった時点でなりふり構わず飛び込んできた。 ―――つまりはそういうことなのだ、と。 「ぁ……」 答えが出た瞬間、そんなつもりはなかったのに涙が出た。 そして涙の後を追うようにして、感情が襲ってくる。 「ぅぁ……ぅ、ぅう、っ……」 終わった。 何が終わったのかよく分からないが……この瞬間、ハッキリと何かが終わった。 「えぐ……っ、っく、ひっく……」 泣き顔をさらしたくなくて、うつむくルイズ。 別に裏切られたというわけではない。 フッたとかフラれたとか、そういう問題でもない。 『好きだ』なんて言ったこともなければ(惚れ薬の一件は別として)言われたこともないし、そもそもそんな雰囲気になったことすらないのだから。 要するに、ユーゼスとルイズは最初から『ただの主従関係』でしかなかった。 「ぐすっ、ぇ……っう、ふぇ……」 いくら使い魔だからと言っても、ユーゼスだって人間だ。 誰か女の人を好きになる……とまではいかないまでも、惹かれることだってあるだろう。 そして、その『誰か』は自分以外の人間で。 もっと分かりやすく言うと、エレオノールだった。 それだけの話。 誰が悪いとか、憎いとか、恨むとか、お門違いもはなはだしい。 「……っひ、ぇうっ、ひくっ、……っ」 前々からそんな予感はあった。 初めて会った時から、ずっとレポートのやり取りは続いているようだし。 ビートルを回収してきた宝探しには、ユーゼスとエレオノールとギーシュという必要最低限のメンバーしか参加していなかったし。 いくら緊急手段とは言え、あのプライドの高い姉が口移しでプラーナとかいう魔力に似た力をユーゼスに分け与えてもいた。 実家に帰った時は頻繁に二人で会っていたはずだし。 それは姉が教師として魔法学院に出向してきてからも変わっていない。 そう言えば、この間は夜中に隣のユーゼスの研究室から、エレオノールの声が漏れ聞こえてきたこともあった。 とにかく、心当たりを思い出せばキリがない。 「ぁ……ぅくっ、ひ、えぐっ、うぅ」 そして何より。 エレオノールと一緒にいる時は、ユーゼスの身の回りの……雰囲気というか空気のようなものが、ほんの少しだけ柔らかくなるのだ。 召喚して以降ずっと一緒にいたルイズだから分かる、微細な変化。 ……いや、ずっと一緒にいたからこそ、本当は薄々感づいていたような気がする。 ユーゼスの目には、自分は『その対象』として映っていないのだと。 スタートラインにすら立てていなかったのだと。 「…………っ」 改めて考えてみると、自分が抱いていた感情は恋だったのかどうか、それすらもよく分からない。 幼いあこがれと、恋愛感情を取り違えていただけだったのかも知れない。 最初は強い敵愾心と言うか、対抗心から始まって、それから気が付いたら異性として見るようになってしまって。 だが……例えこれが失恋ではなかったとしても、今以上に苦しい気持ちになどルイズは16年の人生の中で味わったことはなかった。 ワルドが裏切ったときなど比較にもならない。 『傷心』とはこういうことを言うのか、と妙な得心さえしてしまう。 「―――――」 それでもどうにか持ち直し、ゆっくりと顔を上げた。 今は戦闘中、命のやり取りをしている最中なのだ。 いつまでも泣いている場合ではない。 ないのだが……。 「ルイズ……! 大丈夫!?」 「あ……ぁぅ……」 目の前にエレオノールが現れてしまうと、どうにもまた泣きたくなってくる。 いや、分かっている。 姉に他意はない。 ただ純粋に自分を心配してくれているのだ。 だから腕のロープが解かれて杖を取り戻した途端、真っ先に自分に向かって駆けて来てくれた。 それは分かっているが、しかし。 「こんなに泣いて……。まったく、無茶をしてはいけないと日頃からあれだけ言っていたでしょう」 「う……ひっ、く……ぅ、ぅぅううう……っ」 相変わらずのお小言だったが、その端々に自分への気遣いが感じられて……なんだか余計にみじめになって、泣きたくなる。 今だったら赤の他人からの慰めでさえも自分の涙の後押しをしそうなのに、声をかけるのが他でもないエレオノールなのだから、涙腺の崩壊具合もひとしおだ。 「もしかして、あの男にやられたところが痛いの? ああ、誰か水魔法が得意な生徒を呼ばないと……」 「ひっぐ、だ、だいじょ……っぶ、で」 「あれだけ乱暴に扱われて大丈夫なわけがないでしょう!」 ピシャリと言い放つエレオノール。 直後、彼女は呪文を唱えてルイズの身体を浮遊させ、大急ぎで食堂から離脱していく。 「ね、ねぇさま、どこに」 「……とにかく今はこの場を離れないといけないわ。みんなの戦いの邪魔になりかねないし」 食堂の入口を通り過ぎる瞬間、エレオノールはもう一度だけ中の……ユーゼスの様子を見た。 「―――――」 そして、そんなエレオノールをルイズは見た。 食堂の中は見ていない。 今あらためてユーゼスを見てしまうと、今よりももっと大泣きしてしまいそうだったからだ。 「……ユーゼス……」 「―――――」 エレオノールの呟きと表情を目の当たりにして、何と言うか、感心してしまった。 (姉さま、こんな顔するんだ) 一言で表現すると、『女の顔』。 貴族として、ラ・ヴァリエール家の人間として、姉として、娘として、学者として。 ルイズは姉の色々な顔を知っている。 でも、こんな顔は知らない。 ……ユーゼスと一緒にいる時はこれに近い雰囲気でいることがあったが、ここまでハッキリと『女』を意識させる顔は初めてだった。 「―――――」 そして、そんな事実にどうしてか打ちのめされる。 なんか、もう、色んなものが立て続けに自分に殴りかかってきているような錯覚さえ覚えてきた。 「……今はあの人を信じましょう。さあ、行くわよ」 「―――――」 エレオノールに連れられて、ルイズは食堂から離れていく。 ふと上を見れば空は暗く、二つの月は淡い光を地上に注ぎ続けていた。 白み始める気配すらまだ見えない。 夜明けには、まだ時間が必要なようだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔